2004年12月03日
映画館とポップコーンの関係◆『笑の大学』
12月3日(金)晴れ / 『笑の大学』(TOHOシネマズ岐阜)
病院でもらった鼻の薬を飲み続けている。『アレルギーを抑える』という効能のある薬だ。なのに最近、やたらと鼻の中がムズ痒い。朝、更衣室では後輩のコが、目が痒くて仕方ないと言っていた。同じ課の22歳の新人くんは、耳の中が痒いと言っていた。そういえば最近、電車の中で花粉マスクをしている人をよく見掛ける。もしかして、もう花粉が飛来しているのだろうか。ちょっと早過ぎないか?? 勘弁して欲しい…。
観よう、観ようと思いつつ、観ることが出来なかった『笑の大学』も、今日が最終日。定時で仕事を上がって自宅でゴハンを食べてから、TOHOシネマズ岐阜のレイトショーに出かけた。最終日だし、日本映画だし、きっとガラガラだろうと踏んでいたが、意外に人が入っていた。狭い劇場での上映で、前方1/3にはほとんど客を入れていないが、残りのスペースは7割方埋まっている。そして、その客たちのほとんどがポップコーンを持っている。
以前、シネコンでポップコーンを食べる人が迷惑だと書いた。(11月16日の日記参照)シネコンも座席の一部に『ポップコーン・ゾーン』を設け、そこ以外ではポップコーン禁止にして欲しいと。しかし、映画館の内情に詳しい友人の話によると、劇場が入場料から得られるマージンはわずか30%で、それだけでは経営が成り立っていかないのだそうだ。そこで、何が劇場の経営を成り立たせているのかというと、『ポップコーンとドリンク類の販売』なのだという。「だから、TOHOシネマズ木曽川の存続を望むなら、ポップコーンとドリンクを買いなさい」と言われた。マジですか…。家からペットボトルのお茶なんか持ち込んでちゃダメなのね。
その友人には『ポップコーン・ゾーン案』も『レイトショーはポップコーン禁止案』も却下された。「余分にお金を払っている人の方が、権利を主張出来るから」だそうだ。ごもっともです。私が我慢します…。でもやっぱり、ポップコーンは買わないだろうな。
『笑の大学』では、私の横に座った女のコたちも、前に座った男のコも、ポップコーンをほおばっていた。しかし、この映画なら許せる。横の女のコたちが映画を観ながら「あーだ、こーだ」と喋っているのも気にならなかった。こういう映画は非常にめずらしい。コメディも外国映画となると、字幕を読むのに集中力が必要になってくるので、こういうわけにはいかない。かといって、今の日本映画でコメディの脚本を書ける人はほとんど居ない。三谷幸喜という脚本家は、日本の映画界において、本当に貴重な存在なのだと思う。
昭和15年、戦時中の日本では、演劇を上映するのに警視庁による台本の検閲を受けなければならなかった。今まで笑ったことがないという堅物の検閲官・向坂は、『劇団・笑の大学』の専属劇作家・椿の喜劇台本を検閲することになる。向坂はこの脚本を上演させないために、椿に笑いを排除した無理な書き直しを要求するが、書き直す度に、椿の脚本はどんどんと面白くなっていってしまう。そしていつしか、笑いを憎んでいたはずの向坂も、笑いの魅力に取り付かれてしまう。
堅物の検閲官を役所広司、劇作家・椿を稲垣吾郎が演じ、そのほとんどが密室でのふたり芝居によるものである。役所広司の演技は最高だった。彼以外にこの役にハマる人は居ないと思わせてしまうほどのものだ。稲垣吾郎もそれなりに頑張っていて、作家のイメージには良く合っている。でも、「頑張っている」と思う程度のものだ。
言葉のやりとりが命の作品なのに、稲垣吾郎は滑舌が悪すぎで、なぜ彼がキャスティングされたのだろうと思ってしまった。
ストーリーは申し分ない。元々ラジオドラマとして書かれた脚本が、舞台化され、今回の映画化に至ったという。それまででも、各方面で十分に評価されてきた内容なのだ。コメディ映画とはいえ、最後にはきっちりとした人間ドラマへと収めている。見事な脚本だった。しかし、121分という時間はコメディとしてはちょっと長すぎで、最後の方はダレてしまった。あと2〜30分短くまとまっていればよかったのに、という印象だった。
病院でもらった鼻の薬を飲み続けている。『アレルギーを抑える』という効能のある薬だ。なのに最近、やたらと鼻の中がムズ痒い。朝、更衣室では後輩のコが、目が痒くて仕方ないと言っていた。同じ課の22歳の新人くんは、耳の中が痒いと言っていた。そういえば最近、電車の中で花粉マスクをしている人をよく見掛ける。もしかして、もう花粉が飛来しているのだろうか。ちょっと早過ぎないか?? 勘弁して欲しい…。
観よう、観ようと思いつつ、観ることが出来なかった『笑の大学』も、今日が最終日。定時で仕事を上がって自宅でゴハンを食べてから、TOHOシネマズ岐阜のレイトショーに出かけた。最終日だし、日本映画だし、きっとガラガラだろうと踏んでいたが、意外に人が入っていた。狭い劇場での上映で、前方1/3にはほとんど客を入れていないが、残りのスペースは7割方埋まっている。そして、その客たちのほとんどがポップコーンを持っている。
以前、シネコンでポップコーンを食べる人が迷惑だと書いた。(11月16日の日記参照)シネコンも座席の一部に『ポップコーン・ゾーン』を設け、そこ以外ではポップコーン禁止にして欲しいと。しかし、映画館の内情に詳しい友人の話によると、劇場が入場料から得られるマージンはわずか30%で、それだけでは経営が成り立っていかないのだそうだ。そこで、何が劇場の経営を成り立たせているのかというと、『ポップコーンとドリンク類の販売』なのだという。「だから、TOHOシネマズ木曽川の存続を望むなら、ポップコーンとドリンクを買いなさい」と言われた。マジですか…。家からペットボトルのお茶なんか持ち込んでちゃダメなのね。
その友人には『ポップコーン・ゾーン案』も『レイトショーはポップコーン禁止案』も却下された。「余分にお金を払っている人の方が、権利を主張出来るから」だそうだ。ごもっともです。私が我慢します…。でもやっぱり、ポップコーンは買わないだろうな。
『笑の大学』では、私の横に座った女のコたちも、前に座った男のコも、ポップコーンをほおばっていた。しかし、この映画なら許せる。横の女のコたちが映画を観ながら「あーだ、こーだ」と喋っているのも気にならなかった。こういう映画は非常にめずらしい。コメディも外国映画となると、字幕を読むのに集中力が必要になってくるので、こういうわけにはいかない。かといって、今の日本映画でコメディの脚本を書ける人はほとんど居ない。三谷幸喜という脚本家は、日本の映画界において、本当に貴重な存在なのだと思う。
昭和15年、戦時中の日本では、演劇を上映するのに警視庁による台本の検閲を受けなければならなかった。今まで笑ったことがないという堅物の検閲官・向坂は、『劇団・笑の大学』の専属劇作家・椿の喜劇台本を検閲することになる。向坂はこの脚本を上演させないために、椿に笑いを排除した無理な書き直しを要求するが、書き直す度に、椿の脚本はどんどんと面白くなっていってしまう。そしていつしか、笑いを憎んでいたはずの向坂も、笑いの魅力に取り付かれてしまう。
堅物の検閲官を役所広司、劇作家・椿を稲垣吾郎が演じ、そのほとんどが密室でのふたり芝居によるものである。役所広司の演技は最高だった。彼以外にこの役にハマる人は居ないと思わせてしまうほどのものだ。稲垣吾郎もそれなりに頑張っていて、作家のイメージには良く合っている。でも、「頑張っている」と思う程度のものだ。
言葉のやりとりが命の作品なのに、稲垣吾郎は滑舌が悪すぎで、なぜ彼がキャスティングされたのだろうと思ってしまった。
ストーリーは申し分ない。元々ラジオドラマとして書かれた脚本が、舞台化され、今回の映画化に至ったという。それまででも、各方面で十分に評価されてきた内容なのだ。コメディ映画とはいえ、最後にはきっちりとした人間ドラマへと収めている。見事な脚本だった。しかし、121分という時間はコメディとしてはちょっと長すぎで、最後の方はダレてしまった。あと2〜30分短くまとまっていればよかったのに、という印象だった。
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1. 映画版「笑の大学」 [ 月影の舞 ] 2005年09月13日 11:19
「笑の大学」
監督:星 護
出演:役所広司、稲垣吾郎、高橋昌也ほか
原作・脚本:三谷幸喜
一人は笑を愛した
一人は笑を憎んだ
二人の友情が完璧なコメディを創り上げた
<パンフより>
舞台で有名な作品だが、残
2. 映画「笑の大学」 [ make myself just as hard ] 2005年10月23日 10:05
「笑の大学」(2004・日本)
脚本家・三谷幸喜の最高傑作と呼ばれる舞台喜劇を、役所広司と稲垣吾郎(SMAP)の二人の俳優を起用して映画化したもの。もとの舞台は完全に二人芝居だが、映画では他の役者も少しは登場する。それでもやはり映画もほとんどは密室内の二人のや...
3. DVD『笑の大学』 [ みかんのReading Diary♪ ] 2005年10月23日 20:03
笑の大学 スペシャル・エディション
日本が戦争へと突き進んでいた昭和15年。国民の戦意高揚の妨げになると様々な娯楽が取締りの対象となっていたこの時代、演劇もまた台本の段階で厳しい検閲を受けていた。警視庁の取調室では2人の男が新作喜劇を巡って熱い火花を散...
4. 【邦画】笑の大学 [ ハサウェイのシネマ!シネマ!シネマ! ] 2006年07月07日 17:30
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『評価』
B (演技4/演出2/脚本3/撮影3/音響3/音楽2/配役3/魅力2/テンポ3/合計25)
『評論』
元が舞台で、しか






