2004年12月04日
似たもの親子の避けられない確執
12月4日(土)くもりのち雨
この前観た『エイプリルの七面鳥』では、母親と娘の確執を描いていた。厳格な母親に反抗する娘は、タトゥを入れ、ピアス穴を開け、万引きを繰り返す。母と娘の仲はますます悪くなり、娘は家を出てニューヨークで暮らし始め、実家へは戻らない。そんな娘が、母親がガンで余命いくばくもないことを知り、母親のために感謝祭の七面鳥料理を作る…という話だった。
私が映画を選ぶ際に参考にしているサイト『映画生活』では、一般の映画ファンの得点形式で、映画の満足度がランキングされていて、『エイプリルの七面鳥』は、その1位となっていた。(12月4日現在) もちろん、ど派手なハリウッドアクション映画を好む人は、最初からこの映画を観に行かない。だから、この映画を観たいと思って観に行った人の評価なので、全ての人がこれを参考に出来るとは言えないが、"こういう映画"が好きな人なら、観て「いい映画だった」と思えることは、ほぼ間違いない。
そのサイトには、この映画を観た人たちの感想も書き込まれているが、私は自分の感想を書き上げるまでは、絶対に他人の書いたものを読まないようにしている。知らず知らずのうちに、他人の考え方に影響されてしまうことを避けるためだ。この映画に関しては、自分も感想を書き上げたので、他の人が書いたものを読んでみた。そこに「仲の悪い母親と娘は似たもの同士」と書いてあった。なるほど。そうかもしれない。
それを読んで、自分と父親との関係を思い出した。私は実家の父親と、ものすごい確執がある。父親は私を自分の理想通りに育て上げたいと考えたが、私はそれに反抗した。離婚した私が実家に戻らず、実家の両親が「なかなか来られない場所」を探して住んだのも、実は父親との確執が関係なかったとは言えない。私は商業高校を出て、すぐに就職した。大学へは行かなかった。これも、父親との確執がその理由だった。
私は中学校の頃まで、全般的に成績が良かった。学校自体のレベルは高かったとは思えないが、いつもクラスで5番以内の成績だったし、数学だけなら、クラスで1番にもなれた。当然、両親は私が進学高校に進んで大学に行くと思っていたし、私もそのつもりでいた。しかし高校受験を1ヶ月後に控えた中学3年の1月、私は父親と大喧嘩をしたのだ。父親は、私の勉強の仕方が気に入らなかったらしい。でも、受験するのは私だ。「私がしたいようにして何が悪い」と父親に立てついた。そうしたら、父親は「養ってもらっている分際で、何を言うか」と私に言ったのだった。
その瞬間、私は大学に行くことをやめようと思った。1日も早く就職して、この父親から独立したいと思った。彼に「養ってもらっている」という事実が嫌で仕方なかったのだ。それで私は急遽、受験校を商業高校に変更した。父親は「勝手にしろ」と言った。そして、それ以来、彼は私の生き方に関して何も言わなくなった。しかしそれがきっかけで、私と父親との関係は、この年齢になってもしっくりいかない。
私と父親は似ている。似ているからぶつかるのだ。離れて生活していれば、お互いを思いやることが出来る。しかし、一緒に暮らせば、父親はまた私を自分の思い通りにコントロールしたがるだろう。私はそれに反発し、不協和音が生じることは目に見えて分かっている。だから、離れて暮らしている。
今日は、先週行ったばかりなのに、また四日市の彼のお墓経由で実家の方へと帰った。今月は週末に色々と予定が入っているので、今日行かなければ行けなくなってしまうのだ。「理由」や「ついで」がなければ、私が実家に帰ることはないだろう。最近はしょっちゅう実家に帰っているけれど、私が今ほど彼のお墓に行かなくなったら、また実家の方に帰ることも少なくなってしまうのかな、とふと思った。
『エイプリルの七面鳥』では、感謝祭の朝、母親は家族の中で誰よりも早く車に乗り込んで出発するのを待っていた。「行きたくない」と言いながら、彼女は本当は娘に会いたかったのだ。それを心の隅に留めてもう一度この映画を観ると、また違った観方が出来るかもしれない。
この前観た『エイプリルの七面鳥』では、母親と娘の確執を描いていた。厳格な母親に反抗する娘は、タトゥを入れ、ピアス穴を開け、万引きを繰り返す。母と娘の仲はますます悪くなり、娘は家を出てニューヨークで暮らし始め、実家へは戻らない。そんな娘が、母親がガンで余命いくばくもないことを知り、母親のために感謝祭の七面鳥料理を作る…という話だった。
私が映画を選ぶ際に参考にしているサイト『映画生活』では、一般の映画ファンの得点形式で、映画の満足度がランキングされていて、『エイプリルの七面鳥』は、その1位となっていた。(12月4日現在) もちろん、ど派手なハリウッドアクション映画を好む人は、最初からこの映画を観に行かない。だから、この映画を観たいと思って観に行った人の評価なので、全ての人がこれを参考に出来るとは言えないが、"こういう映画"が好きな人なら、観て「いい映画だった」と思えることは、ほぼ間違いない。
そのサイトには、この映画を観た人たちの感想も書き込まれているが、私は自分の感想を書き上げるまでは、絶対に他人の書いたものを読まないようにしている。知らず知らずのうちに、他人の考え方に影響されてしまうことを避けるためだ。この映画に関しては、自分も感想を書き上げたので、他の人が書いたものを読んでみた。そこに「仲の悪い母親と娘は似たもの同士」と書いてあった。なるほど。そうかもしれない。
それを読んで、自分と父親との関係を思い出した。私は実家の父親と、ものすごい確執がある。父親は私を自分の理想通りに育て上げたいと考えたが、私はそれに反抗した。離婚した私が実家に戻らず、実家の両親が「なかなか来られない場所」を探して住んだのも、実は父親との確執が関係なかったとは言えない。私は商業高校を出て、すぐに就職した。大学へは行かなかった。これも、父親との確執がその理由だった。
私は中学校の頃まで、全般的に成績が良かった。学校自体のレベルは高かったとは思えないが、いつもクラスで5番以内の成績だったし、数学だけなら、クラスで1番にもなれた。当然、両親は私が進学高校に進んで大学に行くと思っていたし、私もそのつもりでいた。しかし高校受験を1ヶ月後に控えた中学3年の1月、私は父親と大喧嘩をしたのだ。父親は、私の勉強の仕方が気に入らなかったらしい。でも、受験するのは私だ。「私がしたいようにして何が悪い」と父親に立てついた。そうしたら、父親は「養ってもらっている分際で、何を言うか」と私に言ったのだった。
その瞬間、私は大学に行くことをやめようと思った。1日も早く就職して、この父親から独立したいと思った。彼に「養ってもらっている」という事実が嫌で仕方なかったのだ。それで私は急遽、受験校を商業高校に変更した。父親は「勝手にしろ」と言った。そして、それ以来、彼は私の生き方に関して何も言わなくなった。しかしそれがきっかけで、私と父親との関係は、この年齢になってもしっくりいかない。
私と父親は似ている。似ているからぶつかるのだ。離れて生活していれば、お互いを思いやることが出来る。しかし、一緒に暮らせば、父親はまた私を自分の思い通りにコントロールしたがるだろう。私はそれに反発し、不協和音が生じることは目に見えて分かっている。だから、離れて暮らしている。
今日は、先週行ったばかりなのに、また四日市の彼のお墓経由で実家の方へと帰った。今月は週末に色々と予定が入っているので、今日行かなければ行けなくなってしまうのだ。「理由」や「ついで」がなければ、私が実家に帰ることはないだろう。最近はしょっちゅう実家に帰っているけれど、私が今ほど彼のお墓に行かなくなったら、また実家の方に帰ることも少なくなってしまうのかな、とふと思った。
『エイプリルの七面鳥』では、感謝祭の朝、母親は家族の中で誰よりも早く車に乗り込んで出発するのを待っていた。「行きたくない」と言いながら、彼女は本当は娘に会いたかったのだ。それを心の隅に留めてもう一度この映画を観ると、また違った観方が出来るかもしれない。
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1. エイプリルの七面鳥 [ 僕の中の世界 ] 2005年05月27日 00:36
『エイプリルの七面鳥』を観た。
久々の映画記事なんで緊張するなあ。(書かなすぎでした)
心が離れ離れになった家族の再生がメインテーマなので重い映画と思いきや、ものすごく温かみがあり切ない。母親との関係を修復しようと、感謝祭の日に作れもしない料...






