2005年04月21日
生と死について考えるための映画◆『海を飛ぶ夢』
4月21日(木)TOHOシネマズ木曽川にて
今年度アカデミー賞外国語映画賞を受賞した『海を飛ぶ夢』を観に来た。アカデミー賞では、主役のラモン・サンペドロを演じた30代前半のハビエル・バルデムを 50代に変身させた特殊メイクも評価されたが、 25歳のラモンを演じるハビエルを前面に出したアメリカの公式サイトとは対照的に、日本の配給会社では予告編でも公式サイトでも素顔のハビエルの姿を一切出しておらず、そのことに関してはほとんど触れていない。これって結構、衝撃の事実だと思うのだけれど、なぜなんだろう。
ラモン・サンペドロは、25歳の夏、海に飛び込んだ際に海底で頭を強打し、それ以来、首から下の自由が全く利かない身体になってしまった。実家のベッドの上で家族の手を借りながら26年を過ごしたラモンは、自らの決断で人生に終止符を打つことを決め、『尊厳死』を認めさせる裁判を起こすことにした。尊厳死を支援する団体の紹介でやってきた弁護士フリアは、ラモンを理解し、心を通わせていく。そんな中、テレビでラモンのことを知ったシングルマザーのロサが、「力になりたい」と、彼の元を訪ねて来た。
ネタバレなしでは語れない作品なので、以下、ネタバレで。
この作品では、ラモンの周りの色々な人々の彼への思いが渦巻く。兄は「自分より年下の弟が先に死ぬなんて許さない」と言い、兄嫁は「彼のことは息子のように愛しているが、彼が望むことなら引きとめない」と言った。自らも不治の病を抱えた弁護士フリアは、「一緒に死のう」とラモンに持ちかけるが、結局自分は死ぬことを踏みとどまり、ラモンを愛したロサは、当初の「生きて欲しい」という気持ちを一転させ、彼の死の手助けをした。
この作品は、色んな人の立場に立って、生と死について考える映画なのだと思った。もし自分が肢体不自由になり、誰かの手を借りなければ生きていけないのだとしたら、やはりラモンと同じように「死にたい」と思うだろう。でも、もし自分の家族が肢体不自由になり、ラモンのように死を望んだら、きっと死なせたくないと思うだろう。何が正しくて何が間違いなのかは分からない。映画を観ながらも、私は誰にも感情移入は出来なくて、ただ傍観者になりきっていた。
日本では、男性20歳〜44歳まで、女性15歳〜34歳までの死亡原因の第1位が『自殺』なのだという。(参考資料 厚生労働省のサイト)病気よりも、事故よりも、自殺が多い世の中。自殺は罪には問われないが、自殺を手助けすること(自殺幇助)は罪に問われる。私には何が正しくて、何が間違いなのか分からない。
第三者は、ラモンに「あなたには生きる権利がある」と言った。しかし、ラモンはそれに対し「生きることは私には義務だ」と答えた。 25歳で事故に遭い、それからの26年間をひたすらベッドの上で過ごし、そこから先、また何十年そういう生活を強いられるか分からない状況の中で生きることがどれだけつらいことであるか。両手両足を鎖で繋がれ、冷たい檻の中に入れられたまま、死が来る日を待つしかない死刑囚とさほど変わりはない。いくら死を望んでも、自分で手を下すことすら出来ない。だからこそ、『死ぬ権利』すなわち『尊厳死』を認めさせる裁判を起したラモンを、私は間違っているとは思わない。彼は死刑囚とは違うのだ。
それでもラモンが26年間、動かない身体で生き続けたのは、きっと母親のためだったのだろうと思った。映画の中では、「母親が亡くなってから、兄嫁が面倒を見ている」と言っていたが、恐らく、母親に面倒を見てもらっている時には、ラモンも『尊厳死』については考えなかっただろう。母親に甘えることは心の苦痛にはならない。でも、その役割が兄嫁に代わった時、他人の手を借りなければ生きていけない事実に改めて絶望し、ラモンの心の苦痛になっていったに違いない。
裁判で『尊厳死』が認められなかったラモンは、ロサの手を借りて自ら命を絶った。残された家族の悲しみを考えると、彼の決断が正しいとは言い切れないが、間違っているとも思わない。もし彼があのままベッドの上で一生を終えたなら、彼は一時的に法廷を賑わした人物というだけで、いつかは人々の記憶から消えてしまっただろう。しかし、意思を貫き通したことで、彼は伝説の人となった。その人生を描いた映画が作られ、人々は彼を思い、生と死について深く考える。彼は自ら命を絶ったことで、"生きた証"を残したのだ。
死を望む人間に真っ向から反対し、『倫理』という言葉で片付けるのは簡単だが、それだけで済ますことが出来ないテーマがこの映画の中にあった。それを「正しい」とか「間違い」とかいうカテゴリーで分けることは難しい。ただ、深く感じたことは、人生は「その人自身のもの」であり、「死に方も生き方のうち」なのだということだった。
余談になるかもしれないが、この作品の字幕担当は松浦美奈さん。私が一番好きな字幕翻訳家の方で、今回もセリフの一言一言が心に響き、作品を引き立てていた。
トラックバックURL
この記事へのトラックバック
この記事へのコメント
私の感想はどうにもこうにも感じが悪くなっているのですが、
それからいろいろ考えてみたところ、「すべてきれいに解決しよう」という姿勢が
肌に合わなかったのかなと思います。誰もかれもが生きるか死ぬか、
二つの選択肢しかなく、息苦しく感じたもので。
『エターナル・サンシャイン』のラストみたいに、「まあ、それでもいいじゃない」式の
矛盾を抱えたまま生きる、という姿勢が私は好きですね。
字幕のフォントも雰囲気に合っていて好印象!
>AKIRAさま
実話ベースであるだけに、ラモンの生き方を肯定的に描くことが
この映画を作った意味だったのだと思います。
映画としての出来はとても良かったですし、評価されたことにも納得します。
ただ、私自身の満足度としては5点中3点というところでしょうか。
mocoさんのおっしゃるとおり松浦さんの字幕の言葉の選び方に感心させられました。
特に「あなたはやかましいわ」というところ...他にもたくさん。
フリアの痴呆状態になってしまった姿は蛇足という気もしましたが、ラモンの右の口角を上げる微笑が、はじめはイヤだったのに、最後にはすべてを引き受けるさわやかささえ感じました...
私は★5つあげたいです。
英語なら何となく聞いて雰囲気を知ることは出来ますが、
原語が理解出来ない作品に関しては、完全に字幕に頼ってしまうので、
字幕を付ける方のセンスで作品自体の質も変わってきますからね。
この作品で松浦美奈さんの選んだ言葉は、本当に素敵でした。
フリアの痴呆については、「生きることを決めた側」の人間のその後として、
死を選んだラモンとの対比の対象として描かれていたのだと思いました。
この映画に★3つにした理由は、私は「死ぬ権利を求めること」については肯定的ですが、
「自ら死を選ぶこと」に関しては、やはり否定的な考え方を拭いきれないからです。
もしラモンが裁判で勝っていたら、彼はやはり死を選んでいたのだろうか、とも考えました。
生と死に関して、受け止める人それぞれに違う思いがあるので、ラモンの選んだ道が正しかったとは一概にはいいきれないですけど、、、生きてる事への不安も多くあったでしょうし、私がラモンの立場でも、やはり死を選んだかもしれないですね。
人の数だけ答えがあるから、難しい問題ですよね。ほんと、多くのことを考える機会を与えてくれた映画です。
(最初はハビエル目当てで行ったフトドキ者です)
私もTBさせてもらっちゃいますね。
映画同様の真摯な文章で思わず引き込まれてしまいました。
また、機会があったら訪れたいと思います。
はじめまして。
「人の数だけ答えがある」まさにその通りだと思います。
きっきけは何であったにしろ、この映画に出会えて良かったですね。
私も観た直後は★3つという評価をしましたが、1ヶ月以上経った今でも
あれこれ考えさせられることを思うと、もっと評価を上げるべきなのかもしれません。
ありがとうございます。
私自身も、少し前に身近な人を亡くしているだけあり、
この映画に関しては、本当に色んなことを考えさせられました。
また、遊びにきてください。
誰が正しくて誰が間違っているのか、それはその人それぞれの立場や思想や立場によっても変わってくるし、誰も間違ってないし、誰も正しくないのかもしれない。
普段考えなかった「生きること」「死ぬこと」を考えさせてくれた映画でした。
> 私が一番好きな字幕翻訳家の方で、今回もセリフの一言一言が心に響き、作品を引き立てていた。
確かにすごく素敵に心に染みる台詞が多かったですね。
きっと、「正しい」も「間違い」もないのだと思います。
ましてや、それを他人が決めることなんて出来ないのだと。
字幕の松浦美奈さんは、いつもホントにいい仕事をして下さいます。
最初に彼女が翻訳だと知ると、安心して映画を観ることが出来ます。
母の死が、ラモンが尊厳死を考えるきっかけだった、
というところ、ああ、と目を開かされた思いでした。
とても深い考察をされていますね。
時間がたっても、いろいろなことを考えさせられる作品でしたが
今は、ラモンにとってロサはどういう存在だったのだろう、ということが気になります。
ラモンはきっと、母親には甘えたかったのだと思います。
人間(特に男性)は、そういう傾向にあるのではないだろうかと…。
だから、その役割が兄嫁に変わった時に、いくら兄嫁が「息子のようだ」と思っても、
きっとラモンには母親とは違ったのだろうと思いました。
ラモンにとってロサは…自分の死を手伝ってくれた人、それだけのような気がします。
相手がフリアなら、また違う思いがあったのかもしれませんが。
いろいろ考えさせられる作品でした。
死に方も生き方のうち・・という言葉とっても共感します。ラモンの立場に立つと、自分だったら・・って考えます。アメナバル監督、改めてすごいな、と思いました。
スペイン映画は深いなぁ。
こちらからもTBさせてくださいね。
こんにちは。
答えなんて、結局ないんでしょうね。
かつてスーパーマンを演じていたクリストファー・リーブのように、
事故に遭う前から奥さんや子供が居れば、生きる希望も沸いてきたでしょうに…。
この映画を観てから、早2ヶ月。
まだ、心の中にはズシンと重いものが残っています。
自死を幇助した人の”その後”がまったく描かれていないのが
残念でしたが、作品として観ると製作に関わる人たちの
テーマに対する真剣さが伝わってきたのがよかったです。
ロサの愛、フリアの愛、そしてKinakoさんがほめてらしたマヌエラの愛…と、3人のそれぞれの愛の違いがきちんと織り込まれていて、それもとても素晴らしかったです。
トラックバックというのは同じ内容の事で繋がるということなんでしょうかね。
この映画は最近観た中では、かなり考えさせられる内容の映画でした。
>「正しい」とか「間違い」とかいうカテゴリーで分けることは難しい
仰る通りだと思います。
だからこそラモンという男の選択が投げかける「生きる権利があるならば死ぬことにも権利があるのか」という問題について誰しも深く考えさせられるのかもしれないですね。
ただ、自分はラモンの死を助けたロサという女性が少し気になりました。映画としては音楽・映像・脚本、どれをとっても優れていると思いますがw
此方からもTBを返させて頂きます、また宜しくどうぞ。
『自殺は罪には問われないが、自殺を手助けすること(自殺幇助)は罪に問われる。』
本当に考えさせられる。
なんとも、難しい。難しいというか、臨機応変という言葉が通ればいいのだが、そんなに簡単におさまるはずがない。
んーーー、何が言いたいのか・・・。
しかし、この映画によって、尊厳死に対して、いろいろな人の立場の気持ちに触れさせていただいた。また、自分自身の考え方の幅が広がった、と思う。
また寄らせていただきますね。
こんにちは。
結局、この作品において、ロサは「手助けした人」で終わっていましたね。
他の人の気持ちはとてもよく分かるのに、彼女の気持ちだけは最初から最後まで分かりませんでした。
そういう役割の人だったのでしょうか…。
こんにちは。
私もあえて言うなら、義姉マヌエラに一番共感しました。
「死にたい」という人に「死ぬな」ということは簡単。
でも、彼女の言葉のひとつひとつには、ラモンへの本物の愛が感じられました。
こんにちは。
トラックバックというのは、同じテーマについて他の方の感想を読み、
自分の感想を読んでもらい、より深くそのテーマについて考えること…と、私は解釈しています。
もし『ミリオンダラー・ベイビー』をご覧になっていなければ、
ぜひご覧下さい。
こちらもとても深く考えさせられる内容の映画になっています。
こんにちは。
私もロサの行為が、あまりにも唐突で安易のように感じられたので、そこだけがすっきりしませんでした。
他の方のレスにも書きましたが、映画の中で、そういう役割の人だったのでしょうか。
こんにちは。
もう、考えれば考えるほど分からなくなります。
結局、答えなんて無いんでょうね。
また遊びに来て下さい。
トラックバックありがとうございました。
blog始めて間もないもので、トラックバックって何だろう?
と思ってしまいました。初体験です。
観賞後は、頭の中がぐちゃぐちゃになるくらい考えました。
2度見ましたが、3度目行ってしまいそうです。
また是非寄らせて下さいね。
こんにちは。
記念すべき、初トラックバックだったわけですね!
こうやって、同じテーマについて他の方の意見を読んでみたり、
自分の意見を読んでもらったりするシステムです。
もしよろしければ、ぜひ『ミリオンダラー・ベイビー』もご覧下さい。
こちらも頭がぐちゃぐちゃになるくらい考えさせられる映画です。
またこちらにもぜひ遊びに来て下さいね。
ほんとにこの映画、テーマは重いのですが、すばらしい作品でした。死を正面からみつめることで生ということも真剣に描いている。。とくに主人公のまわりの家族達がすばらしい。
主人公は、ベットから動けないけれど、であった人の心を動かすなにかをもっていたからなんでしょうね
ラストの旅立ちの別れでの家族の表情が悲しすぎて、いたたまれない思いでした。
こんにちは。
私はこの映画を観終わった時には消化不良で「所詮、実話の映画化だし…」という印象だったのですが、
あとからジワジワと色んな思いが込み上げてきた映画でした。
ラモンが乗った車を甥っ子が追いかけるシーンは切なかったです。
本当に何が正しくて何が正しくないのかが、わからなくなりますね。
ラモンの母親については私は全く考えが及びませんでした。尊厳死を現実的に考え出したのは、私もおそらく母親が亡くなってからだろうと思いました。
私はこの映画に関してはまだ混乱しているようです。
こんにちは。
私はこの映画を観てから4ヶ月たちましたが、まだ何が正しいのか分かりません。
きっと答えなんて、いつまで経っても出ない映画なんでしょうね。
TBありがとう。フリアは一緒に死のうと決意したことを、最後におもいとどまったのでしょうか?
たしか、印刷された本を届けにくるとき、実行しようというような約束をたような。
僕は、最後に、認知症が進行して、主人公の記憶がなくなってしまったから、行けなかった、と理解しました。
フリア役の女性、映画は初出演だそうですね。どこからこんな人探したの?と思うぐらい、深い情感のある演技でした。
この映画、家族以外の男たちは、あまりしゃべりません。フリアの旦那も静かな人ですね。認知症になる過程で、神経的に参っていくフリアを、優しく見守ったんでしょうね。
エラーで、何度も返ってきたので、送信がダブってしまたようです。
こんにちは。
コメントのダブリは削除しておきました。
>僕は、最後に、認知症が進行して、主人公の記憶がなくなってしまったから、行けなかった、と理解しました。
そういう観方もありますね。初めて気づきました。私ももう1度観る機会があったら、その辺りをしっかりと見てみようと思います。
今日この映画みましたよぉ。
健常者には決してわからない
気持ちが、この映画にはたくさん
詰まっていたと思います。
好きな人と一緒になるために死を
選んだ、本当にかわいそうでしたね。
フリアは最後2人で死んで、永遠に一緒になるつもりだったけど、彼の記憶がなくなり、来ることが出来なくなってしまう。どうしてココまで神様は意地悪をするんでしょう。
こんにちは。
私がこの映画を観たのは、もう1年も前の話になってしまいますが、1度観ただけなのに、今でも色んなシーンがはっきりとよみがえってきます。それだけ強烈な印象を受けたのでしょうね。生きることと死ぬことについて、色々考えさせられる映画でした。






