映画の感想(2005年10月)

2005年10月31日

続編としては上出来◆『SAW(ソウ)2』4

3e1335bb.jpg10月31日(月)TOHOシネマズ木曽川にて

またもジグソウが仕掛けたと思われる事件が起こる。現場に駆けつけた刑事エリックが見たものは、彼が情報屋として雇っていた、マイケルの惨殺死体だった。現場に残された犯人からのメッセージから、エリックは犯人のアジトを見つけ、その場に急行する。そこには、ひとり佇むジグソウの姿があった。しかし、ジクソウはまた新たなゲームを仕掛けていた。アジトに設置された数台のTVモニターには、監禁された8人の男女の姿が。しかも、その中にはエリックの息子・ダニエルも居た。2時間以内に彼らがゲームに勝ち抜き、解毒剤を手に入れないと、彼らは毒ガスで死んでしまうという。エリックはダニエルの居場所を聞き出そうと、ジグソウに詰め寄るが…。


サイコスリラー『SAW(ソウ)』の第2作目。1作目のレビューでは、私は「近年、まれに見る凄い作品」とまで書いた傑作だった。今回は、前回の脚本も書いている監督が完全にプロデューサーのみに徹し、全く別の人物が監督から脚本まで担当するというので、正直言って期待はしていなかった。しかし、これが予想していたよりもかなり面白かったのだ。

タイムリミットまでの時間を刻む時計を見ながら、人格を変化させていく2人を描いた前作とは違い、今回の作品は8人の男女が「自分が生き残るため」にゲームを強いられる。そして、ゲームに負けた者がひとりずつ命を落として行く。これは、前作の『SAW(ソウ)』の世界というより、どちらかと言えば『CUBE』の世界に近いような気がした。

それでもやはり、面白さは前作には及ばない。その理由は、まず、前作には「犯人が誰だか分からない面白さ」があったのだが、今回は最初から完全にジグソウの正体が分かってしまっていること。その上、前作は「極限状態においての人間らしさ」を問いかけてくるという、ただのサイコスリラーに留まらない人間ドラマをも見ることが出来たのだが、今回は「それ」が無かったこと。そしてもうひとつ、ジグソウの「ダイヤルを開ける数字は**にある」というゲームに対するヒントの答えが、私にはすぐ分かってしまったことだった。

とは言え、監督・脚本が全く変わってしまったのに、前作のテイストを壊すことなく受け継いでいて、2作目としては上出来だった。オチも想像していなかった方向に向かい、それなりに面白かったと思う。しかし、もしまた続編を作ったとしたら、きっとどんどんと質を下げていくだろう。もうこれ以上の続編は作らないで欲しいと思うのが本音だったりもする。
mocofleeks at 23:57|この記事のURLComments(64)TrackBack(144)

2005年10月30日

竹中直人が自分のために作った映画◆『サヨナラCOLOR』3

c13e170b.jpg10月26日(水)シネマスコーレにて

海を臨む病院に勤める医者・正平(竹中直人)の元に、高校時代の同級生・未知子(原田知世)が入院してきた。正平にとっては、彼女は二十数年間、ずっと思い続けてきた初恋の人だったのだが、未知子は正平のことを全く覚えていなかった。未知子が子宮がんを患っていることを知ると、正平は絶対に彼女を救うと誓い、彼女に献身的な治療を施すのだった。そんな正平に、次第に心を開いていく未知子だったが…。


私は竹中直人が演じるキャラクターが得意ではない。生理的に苦手なタイプなのだ。『ウォーター・ボーイズ』のような作品で、笑いを取るために少し出るだけならまだ平気なのだが、主役で2時間、ほとんど出ずっぱりともなると、ちょっとキツかった。

人は相手に興味を持っていなくても、その人に「好きだ。好きだ。好きだ」と言われ続ければ、自然にその人のことを好きになるものなのだろうか。私は相手が竹中直人だったら、それは絶対に有り得ない。それに段田安則が演じた未知子の恋人・原田のように、浮気症で女たらしで、自分のことを「出来る奴」と思い込んでいる、自信満々の男も大嫌い。だからなのかもしれないが、原田知世が演じる未知子の気持ちに全く入り込めなかった。

この作品は、馬場 当という人と竹中直人の共同脚本によって書かれ、竹中直人自身が監督をしている。しかし、所詮男性には子宮がんを患った女の気持ちは分からないのだろう。視点は常に竹中直人演じる医師・正平のところにあり、女性が病気によって背負ったその痛みが表現されておらず、未知子の心の動きを全く感じ取ることが出来なかった。それに、がんは手術して摘出してしまえばそれでおしまいではない。再発しないように、その後の抗がん剤治療でのケアが必要なはずである。それは子宮がんに限ってのことではないはずなのに、その点があまりにも簡単に描かれ過ぎているような気がした。

結局は、正平がどれだけ未知子のことを愛していたかを描きたかっただけで、それを表現するために、未知子を子宮がんに仕立てたようなものだ。観方によっては美しい物語だと思う。私も決して悪い作品だとは言い切らないが、竹中直人が自分でヒーローを演じたいがために作ったような映画…という印象を受けた。だいたい、竹中直人と原田知世が同い年って…それだけでも無理がありすぎるような気がするのは私だけだろうか。
mocofleeks at 21:48|この記事のURLComments(14)TrackBack(40)

破滅的な人間の破滅的なストーリー◆『スクラップ・ヘブン』3

3fbbebc9.jpg10月26日(水)名古屋シネマテークにて

名古屋シネマテーク。名古屋の「今池」という場所に位置し、オンボロの雑居ビルの2Fにひっそりと構えている。良質な小品の映画を上映することが多く、私も数年前まではよく通っていた。しかし、場所が不便なことと、最近では観たい作品が多すぎて、ここでの上映作品まで網羅出来ないのが現状だ。前回ここに来たのは2001年8月、観た映画は『チェブラーシカ』だった。今回、私の好きなオダギリジョーが主演する『スクラップ・ヘブン』がここで上映されると知り、実に4年ぶりにここに来た。4年も来ないと、そこにまっすぐに辿り着くことが出来ず、迷った。数年前まであれほど頻繁に通った道なのに、それでも迷った自分が情けない。しかし、辿り着いてみると、劇場は外見も中も4年前と全く変わっておらず、それが少し嬉しかった。


"正義の味方"に憧れて警察官になったものの、庶務課に回され、毎日うんざりしながら仕事をしているシンゴ(加瀬亮)。そんな彼がたまたま乗り合わせたバスでバスジャックに遭う。一緒に乗っていた乗客は、トイレ掃除人のテツ(オダギリジョー)と薬剤師のサキ(栗山千明)だけだった。犯人(田中哲司)は運転手にピストルを突きつけ、とにかくひたすら走れと言う。ここで犯人を確保できれば、自分は刑事課に転属出来るかもしれない――それなのに、シンゴは手も足も出ない。そのうち犯人に絡もうとしたテツが撃たれ、犯人の男はピストルを口にくわえて自殺した。
3ヵ月後、偶然、街で再会したシンゴとテツ。テツはシンゴに「一緒に復讐請負業をやらないか」と持ちかける。何となくシンゴはテツのペースに巻かれて行き、二人で復讐業を始めることに。次々と舞い込む依頼に、忙殺されるシンゴ。しかし、それは警察でのデスクワークよりずっと達成感があった。そんなある日、一緒にバスジャックに遭ったサキがシンゴを訪ねてくる。それから3人の関係が始まり、彼らはどんどんと破滅的な方向へ向かって行く。


「想像力が足りねーんだよ」と、これはテツのセリフ。私に想像力が足らないのだろうか。この映画は正直に言って、よく分からなかった。もちろん、主役はシンゴであって、シンゴの警察での日頃の不満は十分伝わってきたし、陰で"正義の味方"を装う「復讐請負業」にのめりこんでいく姿も理解出来た。私自身、「復讐」という言葉は好きではないが、医療ミスを隠ぺいした病院の院長がいたぶられたり、子供を虐待している母親がうろたえたりする姿は、観ていて痛快だった。

しかし、テツとサキがよく分からない。画面に初めて登場した時から彼らの心はどこか病んでいて、「普通」とは違う。彼らは「世の中」そのものを恨んでいて、やがて、彼らの心の中にある「闇」は、やるせなさをぶつける矛先を変え、「世の中を一瞬で消し去る」という方向へと向かって行く。なぜ、そこまでしなければいけないのか。破滅的な人間と、破滅的なストーリーは「普通」である私には理解し難いものがあった。

ストーリーは理解出来なかったが、加瀬亮が演じるオドオドとしていた警察官のシンゴが、復讐請負業を果たす度に生き生きと変化していく様はとても上手く表現されていたと思うし、義眼の薬剤師・サキを演じた栗山千明は、さすがにハリウッドでもその存在感が認められただけあり、画面に登場するだけで、空気を変えてしまう雰囲気を持っていた。私はオダギリジョーのファンなので、彼の作品はほとんど観ているが、彼はテツのような破滅的な役がやりたくて仕方ないのだろう。彼の今までの作品の中でも、突出して生き生きと演じていたと思う。この主役の3人に加え、シンゴの上司の刑事を演じる柄本明の迫真の演技が凄かった。これはもう「さすが」と言った感じだが、それだけでなく、脇を固める他の役者たちもみんな素晴らしい演技をしていた。これが1974年生まれの李相日監督の演出の手腕なのだろうか。だとしたら大したものだと思う。次回作には、破滅的でない希望の持てるエンディングの作品を期待したい。
mocofleeks at 18:43|この記事のURLComments(16)TrackBack(48)

2005年10月29日

中学生に泣かされた◆『青空のゆくえ』5

a9c906ae.jpg10月25日(火)TOHOシネマズ木曽川にて

中学3年生の夏。1学期も残りわずかなある日、ホームルームの最後に、バスケットボール部のキャプテン正樹(中山卓也)が、今学期限りでアメリカに転校することを発表。そして、「アメリカでもバスケを続けます。日本でやり残していることはひとつだけ」と告白。その告白に、正樹の親友・雄大(佐々木和徳)と、正樹を取り巻く5人の女子は、複雑な気持ちに駆られる。正樹を中心にバラバラだったその6人の関係は、正樹の転校の知らせを受けて、すれ違いながらも次第にまとまりを帯び始め、とうとうお別れ会の日が訪れる。


泣いてしまった。中学生に泣かされてしまった。「別れ」がテーマではあるが、久しぶりに「難病」とか「死」とか関係なしに、爽やかな気持ちで泣くことが出来る映画に出会えたと思った。

これからもずっと一緒に生活していけると思っていた友人から、突然「引っ越す」との告白。しかも、行き先はアメリカだと言う。予想していなかった「別れの告白」は、彼を取り巻く友人たちに少なからずともショックを与える。卒業すればみんな別れ別れになってしまうのに、それとは何かが違う。2学期が始まれば、他は何も変わりないのに、「彼」だけが居なくなっているのだ。それはまだ予想が出来ない世界であり、複雑な想いが彼らを取り巻く。「彼」が居なくなると聞いて、改めて芽生えた複雑な想い。誰かが誰かのことを好きで告白をためらっていたり、振られても振られてもめげずに告白してみたり、心の中にそっとしまっておいたり、好きなのかどうかもよく分からなかったり…。そんな中学生たちの心の揺れを見事に表現している。

正樹が「日本でやり残していることはひとつだけ」とみんなの前でわざわざ告白したのは、それだけが心残りで、それをやり遂げなければアメリカには行けないと思ったからだろう。それは好きな女の子に告白するというレベルのものではなく、失った友情を取り戻すことだった。そして、彼はその出来事に真摯に立ち向かう。

中学生って、こんなに大人だったっけ。15歳って、こんなに大人だったっけ。大人から見れば15歳なんて子供だと思ってしまうけれど、彼らが考えていることは、大人が考える以上に大人だったりする。自分が15歳の頃を思い浮かべて、「うん、確かにこれくらい大人だったかもしれない」と思った作品だった。大人になって忘れていたものを、少し思い出した。
mocofleeks at 23:50|この記事のURLComments(13)TrackBack(22)

2005年10月27日

おどろおどろしさの中に愛が溢れる◆『ティム・バートンのコープス・ブライド』4

1b7f6a4b.jpg10月25日(火)TOHOシネマズ木曽川にて

19世紀ヨーロッパのとある村。お金はあるが家柄が悪く、上流社会に憧れるヴァン・ドール家の息子、ヴィクター(声・ジョニー・デップ)と、上流階級の出で家柄は立派なものの、お金はとうに底を突いていた落ちぶれた貴族のエヴァーグロット家の娘、ヴィクトリア(声・エミリー・ワトソン)は、互いの両親によって政略結婚させられようとしていた。しかし、結婚式の前日に、初めて顔を合わせたヴィクターとヴィクトリアは、戸惑いながらもその時からお互いに惹かれ合ったのだった。
ところが、結婚式のリハーサルで、ヴィクターは間違いばかり。牧師に怒られた彼は、暗い森の中でひとりで式の練習をするはめになるが、そこでヴィクターが誓いの言葉とともに結婚指輪をはめた枯れ枝は、地中深く埋もれながら花婿の訪れを待ち焦がれていた"コープス・ブライド(死体の花嫁)"(声・ヘレナ・ボナム=カーター)の薬指だったのだ。花婿の出現に喜んだコープス・ブライドは、ヴィクターを地中へとひきずり込む。


台湾に旅行に行った時、この作品の中国語のタイトルは『地獄新娘』だと知った。つまり、コープス・ブライドが住んでいる場所は、天国ではなく、地中=地獄なのだ。騙されて殺された彼女の魂は、成仏することなく、地中に埋もれたままだった。そこへヴィクターが現れ、彼女が待ち焦がれていた結婚の誓いの言葉を述べるのだ。

「モノトーンの現世とカラフルな幽界」と公式サイトに書いてあったが、まったくその通りで、現世の人間たちは欲望に渦巻き、どす黒く描かれていた。対照的に地中の幽界は、楽しい歌でその世界がどれほど楽しいものであるかを表現している。その間逆の関係が面白い。みんな成仏していないからそこに住んでいるわけではなく、その世界が楽しいからそこに住んでいるのだろう。

ティム・バートンが大好きな友人が「ティム・バートンは子供が出来てから丸くなった」と言っていた。『チャーリーとチョコレート工場』もしかり。この作品も、おどろおどろしい画面とは裏腹に、ストーリーはとても爽やかで愛に溢れ、ティム・バートンが「自分の子供に見せたい」と思って作ったのだろうな、という印象を受けた。

かなり単純なストーリーなので、この作品について深く語ることは難しい。しかし敢えて言うなら、私の中では『チャーリーとチョコレート工場』には及ばなかったが、この作品も楽しく観ることが出来た。ストーリーはファンタジックで子供向けだが、映像的には子供にはちょっと向かないかもしれない。
mocofleeks at 21:43|この記事のURLComments(68)TrackBack(204)

2005年10月26日

納得出来ないストーリー◆『この胸いっぱいの愛を』3

acbbc20e.jpg10月24日(月)TOHOシネマズ木曽川にて

2006年、飛行機に乗り、出張で北九州の門司を訪れた鈴谷比呂志(伊藤英明)は、町を歩きながら懐かしさを感じていた。彼は20年前に少しだけこの町に住んでいたことがあったのだ。そして比呂志が幼い日を祖母と過ごした旅館の前で立ち止まった時、ひとりの少年がそこから飛び出してくる。その少年は20年前の自分“ヒロ”(富岡涼)だった。比呂志は20年前にタイムスリップしていたのだ。しかし、同じ飛行機に乗り合わせ、1986年にタイムスリップしたのは比呂志だけではなかった。ヤクザの布川(勝地涼)、影の薄い男・臼井(宮藤官九郎)、盲目の老婦人・角田(倍賞千恵子)も同じだった。彼らはなぜ過去へとタイムスリップしてしまったのだろうか。
その日が祖母の誕生日であることを確認した比呂志は、その日に旅館でボヤ騒ぎがあったことを思い出し、慌てて旅館に戻り、そのボヤを食い止める。その出来事をきっかけに、比呂志はヒロと同じ部屋に暮らし、旅館に住み込みで働くことになる。そして、比呂志はずっと忘れられない初恋の人“和美姉ちゃん”(ミムラ)と再会することが出来た。和美は難病にかかっており、手術を拒否してこの世を去ってしまっていたのだ。大好きな和美を救えなかったことが、ずっと心にひっかかっていた比呂志。比呂志は和美を説得し、手術を受けさせて命を救おうとする。


2003年に『黄泉がえり』を大ヒットさせた原作者・梶尾真治が、「もしも過去にとんで、ひとつだけでも何かをやり直すことができたら。今は亡き愛する人を、過去に戻って救うことができたら」という構想をもとに描いたこの小説の映画化で、塩田明彦監督を初め、『黄泉がえり』のスタッフが集結して作られた作品。比呂志の話を軸に、布川、臼井、角田の3人の、それぞれのストーリーを描いている。『黄泉がえり』は娯楽映画として面白かったと思うし、『カナリア』を観てから、その表現力に塩田明彦監督の新作にはかなり期待していた。しかし、この作品は凡作だったと思う。しかも、どうしても納得出来ないストーリーでもあった。

キャッチフレーズは「『黄泉がえり』のスタッフが贈る、未来からの黄泉がえり」。これって…ネタばれじゃない?

…ということで、公開して間もないのでネタばれは本意ではないが、配給会社が既にネタをばらしているので、今回は完全にネタばれで書きたいと思う。


この映画のもうひとつのキャッチフレーズが、「もし、人生でひとつだけやり直すことができるなら…」という通り、同じ飛行機に乗り合わせた4人が20年前にタイムスリップし、その時やり残したことをやり遂げる…という話だ。4人の話ではあるが、そのほとんどが比呂志のストーリーであり、あとの3人はオマケみたいなものだった。特に影の薄い男・臼井と、盲目の老婦人・角田のストーリーは申し訳程度に語られているのだが、4つのストーリーの中でこの2つのストーリーが特に感動的であり、また、この2つのストーリーだけなら納得いかない点も納得出来る。

ここからが「ネタばれ」の部分になるのだが、この4人は乗り合わせた飛行機の墜落事故で死んでいるのだ。しかし、自分たちが死んでいることに気づかず、その魂と身体は、突然20年前にタイムスリップする。そして、20年前からずっと心残りだったことをやり遂げたあと、黄泉の世界へと旅立って行く。決して悪い話ではないが、『黄泉がえり』をちょっとヒネって、逆バージョンを作っただけの作品という感も否めない。『黄泉がえり』が作られていなければ、それなりに面白い話だったとも思う。しかし、この作品には決定的な間違いがあった。それは、比呂志が過去を変えてしまったということだ。

私はタイムスリップものが結構好きな方なので、この手の間違いにはうるさいかもしれない。例えば『サマータイムマシーン・ブルース』や、『バタフライ・エフェクト』、有名なところでは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でも語られているように、過去を変えてしまえば未来も変わってしまうものなのだ。10歳の“ヒロ”は和美を救えなかったことをずっと心の中に悔いたまま、その後の20年間を過ごして、結果的にあの飛行機に乗って事故に遭う。しかし、和美が手術を受けて救われたなら、彼の人生は変わっていたはずなのだ。しかも、“ヒロ”は比呂志と出会って「10か条の約束」をさせられる。“ヒロ”が比呂志との10か条を守って生活していれば、果たして同じ学校に進学し、同じ会社に就職しただろうかという疑問が生まれてくる。比呂志は“ヒロ”の人生観を変えてしまったのだ。だから、20年後の“ヒロ”は、きっとあの飛行機には乗らない。

ヤクザの布川のストーリーも同じで、彼は自分が生まれる前の母親に会って、その後の彼女のことを彼女自身に話す。それを彼女が信じるか信じないかによって話は変わるが、もしかしたら、彼女はもっと安全な方法で出産をしたかもしれない。布川を産むとき母親が死ななければ、布川は母親の手によって愛情を持って育てられ、決してヤクザにはならなかっただろう。結果、彼もあの飛行機には乗らない。

過去を変えていないのは、影の薄い男・臼井と、盲目の老婦人・角田の2人だけなのだ。だから、ストーリーが再び2006年にに戻った時、4人全員が飛行機事故で死んでいるのは、どう考えてもおかしい。―――パラレル・ワールド。つまり、その世界も存在し、別の世界も存在する…という考え方もあるが、手術を受けて命が助かった和美が、2006年の新聞で飛行機事故での比呂志の死を知るというシーンがある限り、この作品ではパラレル・ワールドという考え方も否定される。

もうひとつ、特に気になったところは、北九州の門司を舞台にしているのにも関わらず、誰もがみな、標準語を話しているところだった。これだけは絶対に有り得ない。このことにより、塩田監督の「やる気のなさ」が感じられ、娯楽作品とはいえ、「やっつけ仕事」のようにこなしているように思えて仕方なかった。

私のように小難しいことを考えずに、素直にこの作品を受け入れれば、娯楽作品としては「普通」の出来だろう。伊藤英明とミムラでは、商業映画としてはキャスティングが弱い気がするが、二人ともいい演技をしていた。特にミムラは、私が見てきた中では今までに演じていないようなタイプの女性を演じ、演技の幅の広さを感じさせた。

納得いかないストーリーなので、本来なら★2つ…といいたいところだけれど、臼井と角田の話が良かったので、オマケして★3つ。
mocofleeks at 01:37|この記事のURLComments(44)TrackBack(90)

2005年10月22日

ラストシーンから始まる恋愛ドラマ◆『四月の雪』4

1ee73a6b.jpg10月21日(金)TOHOシネマズ木曽川にて

友人の間ですごく評判が悪く、観ることすらもためらっていた『四月の雪』だったが、恐らくもうすぐ上映が終わってしまうだろうと思い、観に来た。金曜日のレイトショー。200席以上ある劇場内に、観客は20人程度だろうか。一人で観に来ている人も多く、懸念されていた「ペ・ヨンジュンを見ることだけが目的のおばさまの団体」もおらず、ゆったりと鑑賞することが出来た。


公開終了間際なので、今回は完全にネタバレで、私なりにこの作品の解釈と解説を交えて書こうと思う。


妻・スジンの交通事故の知らせを聞き、インス(ペ・ヨンジュン)が海岸沿いの小さな町、サムチョクの病院に着くと、そこにはもう一人、見知らぬ女性ソヨン(ソン・イェジン)が居た。同じロビーで、手術が終わるのをじっと待つ二人。やがて、二人には事故よりも残酷な現実が告げられる。インスの妻とソヨンの夫は、同じ車に乗っていたのだ。それだけではなく、事故に遭った二人の所持品からは、彼らが隠れて愛し合っていた事実が判明する。裏切りに心を痛めながら、複雑な思いでそれぞれの妻と夫を看病するインスとソヨン。同じ痛みを背負った二人は、やがて、互いの傷を癒すかのように、心と身体の距離を縮めて行く。


この映画に関しては、「ただのW不倫の映画」とか、「傷の舐め合いのメロドラマ」とか、「有り得ない」とか、あまりいい噂を聞かなかった。なので、私も全く期待せずに観た。そんなに酷いなら、それもまたひとつのネタになると思ったのだ。しかし、私の感想はそうではなかった。私は、この映画は静かだけれど、とても深いものを秘めた作品だと思い、自分の中で「良い」と評価した。この映画は「有り得ない」ではなく、「有り」だと思ったのだ。最初に断っておくが、私はペ・ヨンジュンのファンではない。ひいき目は全くなしで、この映画について語りたいと思う。

この映画の宣伝文句はこうだった。

それは、はかない恋だった
どんなに舞い降りても積もることのない
四月の雪のように…


しかし私の解釈は、この宣伝文句と全く逆だった。メロドラマじゃないのに、配給会社によって完全にメロドラマに仕立てられている。私が観た限り、本当はそんな映画ではないはずだ。みんな宣伝文句に騙されている。

私が『八月のクリスマス』のレビューで「言葉には出さない気持ちの表現が秀逸」とコメントしたように、ホ・ジノ監督の撮影手法は、余計なセリフはなく、役者の演技で気持ちを表現させるものだ。この『四月の雪』もそうだった。そんな、とても少ないセリフの中で、この物語を理解するためのキーワードになるセリフが2つある。

1つは、ソヨンが意識不明の夫の横でつぶやく「死んでしまえばよかったのに」というセリフ。もう1つは、ソヨンからの「奥さんが目覚めたら、何をしてあげたい?」との質問に対して答えた、インスの「復讐」というセリフ。この2つのセリフを心に留めておくと、自然に二人の心の中が読めてくる。

ソヨンは、親に「早く結婚しろ」と急かされ、見合いで夫と結婚した。彼女はまだ若い。これから恋だって出来ただろうに、親の言うことをそのまま受け入れて見合い結婚をした。言ってみれば、それは、彼女にとって「本意ではない結婚」だったに違いない。彼女にとって夫は「ただの夫」であり、「愛する人」とは違ったのだ。そんな形での結婚だったのに、夫は彼女を裏切っていた。だからソヨンは、意識不明の夫の横で「死んでしまえばよかったのに」とつぶやく。そして、同じ立場で苦しみを分かち合いながら、優しく接してくれるインスに次第に惹かれていくのだ。

一方のインスは、妻とは恋愛結婚をした。なのに、妻は大学時代からの付き合いの男性と不倫をしていたことを知る。彼女のことは許せない。でも、彼女を愛している気持ちはある。そのやりきれない気持ちが「復讐」という言葉になって、インスの口から出る。自分も彼女と同じ罪を犯せば、それは妻への復讐になるのではないかと考えた。

ソヨンのインスへの気持ちは恋だった。でも、インスのソヨンへの気持ちは、恋ではなかったと思う。ただ、虚しさを埋めるために、寄り添ってくる彼女に手を差し伸べたのだろう。「妻への復讐」と言いながら、彼が本当に憎んでいた相手は妻ではない。妻を抱いていた、ソヨンの夫なのだ。だから、ソヨンを抱くことによって、彼女の夫に復讐した気持ちになっていたのだろう。しかし、それには「虚しさ」も伴う。

しばらく経つと、インスの妻は意識を回復し、逆にソヨンの夫は亡くなる。インスが妻よりもソヨンに惹かれていれば、すぐにでも妻を放り出し、ソヨンの元へと向かっただろう。しかし、彼はそれをしなかった。まだ妻を愛していたから、ずっと傍に寄り添い、介護を続ける。一緒に事故に遭った男性のことは一言も言わず、責めることもせず、優しく妻に接し続ける。そして、妻に「何か私に聞きたいことはないの?」と言われて初めて、「あの男性(ひと)は死んだよ」と答える。それを聞いて号泣する妻を見て、彼女は本当に彼のことを愛していたのだと悟る。そして、もう妻との生活は続けられないと気づくのだ。

一方のソヨンは、夫が亡くなっても号泣しなかった。目にいっぱい涙をためて立ちすくんでいた。私の目には、その瞬間、彼女が「これで夫から開放された」と思ったように映った。しかし、インスの妻は回復し、ソヨンは一人きりで病院をあとにしなければならなかった。荷物をまとめてホテルを出たあとも、ソウル行きの電車に乗り込むことが出来ない。もうこれで終わりだと思ったら、インスのいるサムチョクから離れるのがつらかった。彼女はもうインスを愛し始めていたのだ。

やがて、四月にはめずらしく雪が降り始める。別々の場所でその雪を見つめ、お互いのことを思い出すインスとソヨン。その雪を見て、今、自分が必要としている女性は、妻ではなくソヨンなのだとインスは気づく。インスはソヨンに電話をかけ、誘い出す。そして、新しく二人の物語が始まる…という映画だった。

「ただのW不倫の映画」とか「傷の舐め合いのメロドラマ」とは違い、ドロドロとしたものは何もなく、事故をきっかけに出会うべき二人が出会い、紆余曲折を経て惹かれ合っていることに気づき、ラストシーンから恋が始まる映画だと思った。


「死んでしまえばよかったのに」というセリフは、ソヨンではなく、インスのセリフだったようです。私の勘違いだったのでしょう。DVDなどでこの作品をもう1度観る機会があったら、確認してみようと思っています。
mocofleeks at 21:44|この記事のURLComments(52)TrackBack(96)

2005年10月19日

誰かの真似のような新人監督の作品◆『ベルベット・レイン』2

f24ab68f.jpg10月18日(火)TOHOシネマズ木曽川にて

『インファナル・アフェア』の時はそうは思わなかったが、『頭文字(イニシャル)D』を観てエディソン・チャンとショーン・ユーがカッコ良かったので観に来た。予告編も観ていなかったし、完全にミーハー気分(←死語?)で、香港の黒社会を舞台にしているなんて思わなかった。完全に私の苦手な分野だ。観始めてようやくそれに気づき、「しまった…」と思った。しかし、映画はもう始まっている。


香港黒社会の大ボス・ホン(アンディ・ラウ)に息子が生まれた日、ボスが暗殺されるという噂が流れていた。配下の三人のボスはお互いの腹をさぐり合い、ホンの弟分のレフティ(ジャッキー・チュン)は、ホンに引退して家族と国外に出ることを勧めながら、黒幕を暴いてやると息巻いていた。一方、どうにかして黒社会にのし上がりたい二人の若者、イック(ショーン・ユー)とターボ(エディソン・チャン)は、ある男の暗殺計画を引き受ける。彼らにとって生死をかけた戦いが始まろうとしていた。


微熱のせいで物語を理解する能力が欠けていたのか、誰が誰を殺そうとしているのか、観ていてもさっぱり分からなかった。「人物相関図が見たい…」そう思いながら観ていた。その上、この監督は「芸術的に撮ること」を意識しているな、と思った。それが中途半端で、余計に物語を混乱させる。どんな話なのかさっぱり分からないまま、とうとうラストシーンまで来てしまった。そうしたら、思いもしない大仕掛けが…。それでよく分かった。ホンとレフティの物語と、イックとターボの物語は交差していたのではなく、平行していたのだ。ラストまで観て、ようやく物語の全貌がなんとなく分かったので、微熱のない時にもう1度見直せばよく分かるかもしれない。オチは面白かったと思う。ただ、作品の出来としては、決して上手かったとは言えないだろう。どうやら、新人監督の作品らしい。「誰かの真似」をしているような印象で、中途半端な芸術性も気になって仕方なかった。

配役は、トニー・レオンがジャッキー・チュンに変わっただけのメンツで、脇役までもが『インファナル・アフェア』と同じ。香港には他に俳優が居ないのかとさえ思ってしまった。同じ、香港黒社会を描いた作品で、新人監督が『インファナル・アフェア』にインスピレーションを受けて、ちょっとウォン・カーウァイ風な芸術的テイストを入れて、何となく作ってみた作品…そう感じ取れた。
mocofleeks at 20:59|この記事のURLComments(37)TrackBack(70)

2005年10月18日

韓国版との比較◆『8月のクリスマス』4

cf749859.jpg10月12日(水)TOHOシネマズ岐阜にて

韓国映画『八月のクリスマス』のリメイク版である。私はこの韓国版『八月のクリスマス』が好きだったが、2点どうしても理解出来ない点があって、すっきりとしない感が残っていた。1つは主人公の女性が最後に見せる笑顔の理由。そしてもう1つは、『八月のクリスマス』というタイトルの持つ意味だった。私はこの韓国版を2度スクリーンで観る機会があったが、2度観ても、私にはそれが分からず、「いい映画なのに、何故か釈然としない」という印象を持っていた。

しかし今回、日本版の『8月のクリスマス』を観て、その謎は解けた。日本版は韓国版を忠実にリメイクしているのだが、なぜかとても解りやすく作られていた。設定は現代風にアレンジしてあり、主人公の女性の職業が臨時教師になっている以外はほとんどが同じであったのに、なぜだろう。それはきっと、主人公の女性・由紀子(関めぐみ)が、寿俊(山崎まさよし)の死を知る手紙を読むシーンがあるか否かだったからだと思う。確か、韓国版ではあの手紙は、タリムに読まれることなくジョンウォンの箱の中に収められていた。だから私は、ジョンウォンの死を知らないまま、ラストシーンで微笑むタリムが可哀想で仕方なかったのだ。今回の日本版では、寿俊の死を知った由紀子が、クリスマスにポインセチアの鉢植えを持って写真館を訪れる。そして、飾ってある自分の写真を見て微笑む。私には、こちらの方が分かりやすかったし、感動的だった。ラストの笑顔の意味も、『8月のクリスマス』というタイトルの意味もよく分かった。

ただ、それ以外のシーンに関しては、韓国版に勝ってはいないな、という印象。ストーリーを知っているからかもしれないが、「言葉に出さない気持ちの表現」が、ホ・ジノ監督の方が秀逸で、静かに心に響いてきた記憶がある。特に、私が印象的だったシーンのひとつに、家族写真を撮りに来たおばあちゃんが、夜、もう1度ひとりで写真館を訪れ、葬式用の写真を撮ってもらうよう頼む…というものがあったが、韓国版では昼間は平服だった彼女が、夜は正装してきたのに対し、日本版は同じ着物を着ていた。これは完全に、韓国版の方にグっとくるものがあった。

日本版と韓国版、どちらが良かったとは比較出来ない。韓国版を観たのはもう6年も前のことであるし、今回、それを思い出すために、その時買ったパンフレットに載っていたシナリオを読んでみた。読みながら、今回のリメイクは「セリフに至ってまで、なんて忠実に再現してあるんだろう」と感服した。観た瞬間の感じとしては、韓国版の方が心に響いたものがあったのに、ラストは日本版の方がすっきりとさせてくれた。どちらが好きとは簡単には答えが出せないが、日本版は韓国映画のリメイクとしては、1本の日本映画として成り立っていたし、とてもいい出来だった、という感想にしておこう。
mocofleeks at 14:58|この記事のURLComments(39)TrackBack(58)

2005年10月16日

映画より原作に興味を持った◆『空中庭園』3

ff518fee.jpg10月9日(日) ユーロスペースにて

今年の8月末、覚せい剤取締法違反(所持)の現行犯で逮捕され、公開も危ぶまれた豊田利晃監督の新作。画面はグラリグラリと揺れ、時には360度回転し、「クスリをやっていた」と聞けば、「なるほどね」と思わざるを得ないシーンが幾度となく出てくる。それは、この作品の中でも特に印象深く心の中に焼きつく。


郊外の団地に住む京橋家には、家族に「秘密は持たない」というルールがあった。今朝も、長女のマナ(鈴木杏)は、自分がどこで命を授かったのか、その場所を教えろと言う。それに対して母親の絵里子(小泉今日子)は、「近所のラブホテル『野猿』よ」と明け透けに話す。それが京橋家の日常だったのだ。絵里子は「秘密を持たない」というルールでもって、完璧な家族を作ろうとしていた。しかし、マナは朝出掛けてから高校には行かずに一日中遊んでいたし、中学生の弟・コウ(広田雅裕)も学校をさぼりがちのようだった。絵里子の夫・貴史(板尾創路)は、仕事もそこそこに二人の愛人の板ばさみになっている始末。絵里子はそれにうすうす気づいているが、自分の思い描く完璧な家族を壊したくないために、それを問い詰めることはしない。「秘密は持たない」というルールは表面だけで、実は秘密だらけの京橋家。しかしある時、その秘密がひとつバレたことをきっかけに、京橋家の家族のあらゆる秘密がなし崩しに明らかになっていく。


どうでもいい話かもしれないが、小泉今日子は私と同い年だ。彼女も年齢より若く見える方だとは思うが、この映画では鈴木杏のお母さん役を演じていて、疲れた主婦っぷりが年齢を感じさせた。そんな私も一度は結婚し、13階建て大型のマンションの11階の一室を購入して、そこに住んでいたことがある。仕事はしていたが、子供は居なかったので、土曜日に夫が休日出勤すると、私は毎週ひとりで部屋の中に一日中閉じこもって生活をしていた。夫が仕事をしている間に、自分だけが遊びに行くことは許されなかったのだ。二人で買ったマンションは、上にも下にも右にも左にも住人がいて、私はまるで、空中に浮かんだ一個の箱の中に居るようだった。買ってしまった以上、一生そこに住むことになるのかもしれないと考えると、ゾッとした。憧れていたはずの場所だったはずなのに、私はその生活に耐え切れなくなって、5年で「そこ」を飛び出した。どんな話か知らないまま『空中庭園』を観たが、観たあとには、私にはそのタイトルの意味が痛いほどよく分かった。

冒頭、朝食の席で「あなたが命を授かった場所はラブホテル『野猿』よ」と、にこやかに話す母親を見て、なんて気持ち悪い家族なんだろうと思った。「秘密を持たない」ということは、こういうことなのか、と。家族間だけではなく、どんな人間関係においても、「全く秘密は持たない」というルールは通用しない。「嘘もバレなければ、いつかは真実になる」と誰かが言っていた通り、「秘密は持たない」ということと、「事実を話さない」ということは、似ているようで全く別の問題になってくる。自分が決めた「秘密は持たない」というルールに対し、「事実を話さない」家族たちにヤキモキする母親。そんな母親もまた、全く秘密がないわけではなかった。ソニンが演じる、貴史の愛人であり、コウの家庭教師であるミーナが「学芸会…」とつぶやいた、その言葉が印象的に耳に残った。

ストーリーは面白いと思った。ただ、監督が覚せい剤をやっていたという事実は、映画を観ているときにもずっと頭の中から抜けきれず、もし彼がクスリをやっていなかったら、この作品はどんな作品に仕上がっていたのだろうと、ふと、そんなことを考えてしまった。原作は今年、『対岸の彼女』で直木賞を受賞した角田光代。エンディングは映画と原作は違うらしい。また読んでみたい原作本が増えてしまった。
mocofleeks at 04:12|この記事のURLComments(32)TrackBack(59)
新作映画満足度

【満足度の基準】
注:映画の良し悪しではなく、
桂木ユミの満足度です。

★★★★★「すごくいい」
★★★★「いい」
★★★「まあまあ」
★★「金返せ」
★「時間を返せ」

【2006年8月】
ラフ ROUGH★★★
ゆれる(2回目)★★★★★
美しい人★★★
僕の、世界の中心は、君だ。★★★
花田少年史★★★
佐賀のがばいばあちゃん★★★
ゆれる★★★★★
トランスアメリカ★★★★
ユナイテッド93★★★★
パイレーツ・オブ・カリビアン2★★
幸せのポートレート★★
時をかける少女★★★★★
ゲド戦記★★

【2006年7月】
ラブ☆コン★★
ハチミツとクローバー★★
日本沈没★★★
スーパーマン・リターンズ★★★
タイヨウのうた(2回目)★★★★
ブレイブ・ストーリー★★
やわらかい生活★★★
ステイ★★
カーズ(字幕版)★★★

【2006年6月】
着信アリ Final★★
ホワイト・プラネット★★
M:I:3★★★
DEATH NOTE(前編)★★★★
LIMIT OF LOVE 海猿★★★★
バルトの楽園★★★
インサイド・マン★★
オーメン★★★
トリック劇場版2★★★
初恋★★★
花よりもなほ★★★
ダ・ヴィンチ・コード★★
間宮兄弟★★★★
ポセイドン★★★
トランスポーター2★★★
デイジー★★★
GOAL!★★★★

【2006年5月】
タイヨウのうた★★★★
夢駆ける馬ドリーマー★★★
嫌われ松子の一生★★★★
かもめ食堂★★★★
ナイロビの蜂★★★★★
ピンクパンサー★★★★
Vフォー・ヴェンデッタ★★★★
チェケラッチョ!!★★★
グッドナイト&グッドラック★
ぼくを葬(おく)る★★★

【2006年4月】
陽気なギャングが地球を回す★★
明日の記憶★★★
ニュー・ワールド★★
ホテル・ルワンダ★★★★
ブロークバック・マウンテン★★★
ファイヤーウォール★★★

【2006年3月】
白バラの祈り★★★★
南極物語★★★
ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!★★★★
子ぎつねヘレン★★★
シリアナ
クラッシュ(2回目)★★★★★
イノセント・ボイス-12歳の戦場-
★★★★
ウォーク・ザ・ライン/君につづく道★★★

【2006年2月】
クラッシュ★★★★★
スパングリッシュ★★★★
カミュなんて知らない★★★★
ブラックキス★★
ミュンヘン★★
ジャーヘッド★★★★
ピーナッツ★★★★
天使★★★★
男たちの大和/YAMATO
★★★★
レジェンド・オブ・ゾロ★★★

【2006年1月】
オリバー・ツイスト★★★★
アメノナカノ青空★★★
博士の愛した数式★★★★
ロード・オブ・ウォー★★★
歓びを歌にのせて★★★
スタンドアップ★★★★★
プライドと偏見★★
キング・コング★★
THE 有頂天ホテル★★★★
SAYURI★★★
ディック&ジェーン 復讐は最高!★★★
チキン・リトル★★★


これ以前のものはこちら
(旧作もこの中にあります)
月別アーカイブ