テレビドラマ
2005年10月20日
『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』
『セカチュー』のヒットからか、最近では「不治の病もの」のドラマが多い気がする。少し前なら無条件で泣いていた私も、自分の一番身近に居たGUYを失ってからは、脚本と演出によって「泣けるドラマ」と「泣けないドラマ」がはっきり分かれるようになった。簡単にいえば、映画版の『セカチュー』では泣けなかったが、ドラマ版の『セカチュー』では泣けたというように。映画では、『私の頭の中の消しゴム』は、あまりにも自分の体験と被り過ぎて泣けなかったし、逆に(不治の病とは違うが)『星になった少年』では号泣をして、終演後、真っ赤に目を腫らしたままトイレに駆け込んだ。自分のどこに「泣き」のツボがあるのか、実は自分でもよく分からない。
そして今回の『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』。そんな私は、このドラマには泣けた。ガンで片足を切断し、自分の命の期限を知りながらも、最後まで「生きよう」とした医師の姿は感動的だった。そんな彼が綴った言葉が印象的で、私は涙が止まらなかった。
「当たり前」
こんな素晴らしいことを、みんなはなぜ喜ばないのでしょう。
当たり前であることを。
お父さんが居る。お母さんが居る。
手が2本あって、足が2本ある。
行きたいところへ自分で歩いてゆける。
手を伸ばせば何でも取れる。
音が聞こえて、声が出る。
こんな幸せはあるでしょうか。
しかし、誰もそれを喜ばない。
「当たり前だ」と、笑って済ます。
食事が食べられる。
夜になるとちゃんと眠れる。
そして、また朝が来る。
空気を胸いっぱいに吸える。
笑える。泣ける。叫ぶことが出来る。走り回れる。
みんな、当たり前のこと。
こんな素晴らしいことを、みんなは決して喜ばない。
そのありがたさを知っているのは、
それは、無くした人たちだけ。なぜでしょう。
「当たり前……」
これは「それ」を失った者にしか分からない痛みだ。手が2本ある者には、1本しかない者の痛みは分からない。耳が聞こえる者には聞こえない者の痛みは分からない。長生きできるであろう者には、命の期限を知った者の痛みは分からない。失くしたもののありがたさは、失くしてからでないと分からない。私は稲垣吾郎が扮する、この医師の言葉を聞きながら、GUYのことを思って泣いた。傍にいて「当たり前」だと思っていた人が、ある日突然居なくなった時の心の痛みと喪失感は、私の中から決して消えることはないのだ。
『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』は、昭和57年に名高達郎と竹下景子の主演で映画化されている。私は高校2年生の時に、劇場でこの映画を観た。(映画館でアルバイトをしていたので、招待券がもらえたのだ)高校2年生といえば、17歳。ドラマや映画を観て泣くことも知らなかった、冷めた10代を送っていた頃。自分の人生を変えてしまうほどの人の死にふれたこともなく、きっとまだ、人間が生きているのは「当たり前」だと思っていたからだろう。命の重さにも、失うことの切なさにも気づかず、この映画に関して何も感じずに劇場をあとにした記憶がある。今の私が当時の彼女に会ったら、何とアドバイスするのだろう。私は何かアドバイス出来るのだろうか。結局、人間は自分で体験しないと何も学ばない。そうやって学びながら成長していくのだ。今回、ドラマを観て同じタイトルの映画を観ていた頃の自分を思い出し、ふと、そんなことを考えてしまった。
2005年10月15日
『白線流し〜夢見る頃を過ぎても』
頭がすっきりしないので、まだ『空中庭園』と『8月のクリスマス』の感想が書けず、その代わりに、東京に行ってる間に放映していた『白線流し〜夢見る頃を過ぎても』の録画を観た。私は10年前、連続ドラマでやっていたこの作品を第1回から観ていて、ずっと大ファンだった。連続ドラマが終わったあともスペシャル版として幾度となく放映されているものも全て観ている。前々回の『白線流し〜旅立ちの詩』のラストは感動で涙、涙だった。しかし、前回の『白線流し〜25歳』ではがっかりさせられた。あんな中途半端な終わり方があっていいのだろうかと思ったし、ストーリーにも納得がいかなかった。
そう思ったのは私だけではなかったようで、そのあとの公式サイトのBBSはクレームの嵐だった。「今までずっとこの番組のファンだったのに、もう二度と観ません」とまで書いていた人も居た。私も観終わった時にはそう思ったが、2年の歳月は人の気持ちを柔らかくする。「今回が最終章」と聞いて、逆に、どうしても観て納得して終わりたかったのだ。
感想としては「無難な終わり方だったな」と。紆余曲折ありながらも、結局、主役の7人は7人のままで、固い友情で結ばれて終わった。夢を叶えた者も、叶えられなかった者も、夢を捨てた者も、まだ夢見続けている者も居て、とてもリアルな感じがした。園子(酒井美紀)の「夢って叶えたら何になるか分かった。…『日常』」というセリフが、余計にリアルな感じを引き出していた。
妻の美里(原沙知絵)と死別した渉(長瀬智也)は、園子に「美里にもお前にも何もしてやれないまま、自分のことばかり考えてた。甘えてた」と言った。ようやく自分で気づいたか、と私は思った。このシリーズをずっと観ていて気になったのは、渉の自分勝手な行動だった。「自分のことは自分で考える」はいいが、それに付随してくる周りの人間のことを全く考えない男だと思っていた。夢を叶えるために北海道の天文台に行ったのに、そこに居られなくなったら東京の園子の部屋に住み込む。仕事がなければホストまでやって、それを園子に責められて追い出されたら、今度は茅乃のところに転がり込む。結局、自分の力では何ひとつ出来ない男なのかと、私はちょっとがっかりしていたのだ。それに自ら気づいた言葉を、渉自身の口から最後に聞くことが出来て良かった。渉はきっと変わるだろう。そう思った。
妻と死別したばかりで園子とよりを戻すことはしないだろうと思うが、10年もの間、相手のことを思い続けていたふたりは、きっとこの先いつか結ばれるだろう。そう思わせてくれるエンディングだった。
2005年10月11日
『私の頭の中の消しゴム』の原案ドラマ
そのドラマを、現在、スカパー!の『チャンネルNECO』で放映していることを知りました。第1回の初回放映は10月7日で、再放送、再々放送はもう終わってしまいましたが、最後の放映を10月14日の12時からするそうです。映画よりもより深いところまで気持ちが入り込めるかも。「映画よりも良い」というウワサも聞くので、観られる環境のかたはぜひ。
『Pure Soul〜君が僕を忘れても〜』のプログラムはこちら
↓
http://www.necoweb.com/neco/program/program.php?id=1736&month=10
出演者の名前を見ると、小栗旬や長澤まさみも載っています。必ず見逃さないようにしなければ!
2005年08月15日
戦後60年。初めて知った事実◆『小野田少尉遅すぎた帰還』
終戦の日。
戦争が終わって、今年で60年なのだそうです。私が生まれた時には、日本では「戦争を知っている人」の方が多かったのに、もう今ではリアルな戦争を知っている人はわずかとなってしまいました。
戦争が絡んだ映画を観た時や、この日が来る度に、平和である今の社会が本当にありがたいことを身にしみて感じ、この平和がずーっと続いてくれることを祈っています。
今日、先日テレビで放映されていたものを録っておいた『終戦60年スペシャルドラマ・小野田少尉遅すぎた帰還』というドラマを観ました。
昭和49年にフィリピンのルパング島から帰国した小野田さんについては、当時のリアルタイムのニュースで知っていましたが、何せ子供の頃の記憶だったため、「戦争が終わってもそれに気づかず潜伏し続けていた人」だと思っていました。しかし、このドラマで描かれていた事実は私の認識とは全く違うもので、正直に言って驚きました。
昭和19年に22歳で「『残置謀者』として、敵の中で情報活動を続ける」という任務を与えられた小野田少尉(中村獅童)は、翌年、戦争が終わったことを広報に知らされてもそれを信じることをしなかった。部隊の他の連中たちが白旗を上げて降伏しても、行動を共にした2人の部下と一緒に、ずっと戦争を続けていたのだ。なぜなら、「上官から退避命令が出なかったから」。
終戦から9年後、部下の一人はアメリカ兵に殺され、日本政府はフィリピンに残った二人の兵士へ母親からの「日本に帰って来て下さい」という手紙を渡すが、「敵の捕虜になったら自決しなさい」と言って自分を送り出した母の言葉を信じていた小野田には、「母がそんなことを言うはずがない」と、その手紙を破り捨て、フィリピンの山奥に潜伏してアメリカ兵に対して攻撃を続けた。
やがてフィリピンの民間人からラジオを手に入れた彼らは、そこから皇太子殿下(現在の天皇陛下)が天皇家として初めて民間から妻を迎え入れたことや、東京オリンピックが開催されたことを聞くが、それすらも信じようとせず、仲間と二人だけでアメリカと戦争を続けていたのだった。
終戦から27年が経った昭和47年のある日、もう一人の仲間もアメリカ兵に殺され、小野田はとうとう一人きりになってしまった。政府は小野田の実父や兄弟まで連れて現地に入り込み、彼を捜索するが、彼はそれを知っていても頑なに姿を現さなかった。彼は誰の言葉も信じず、一人きりでまだ戦争を続けていた。
そんな小野田のことを知った、戦後生まれの25歳のジャーナリスト鈴木(堺雅人)は、小野田を連れ戻すために、たった一人でフィリピンのルパング島に乗り込む。そこで無事に小野田に出会い「戦争はもう終わりました。日本は平和です」と訴えるが、やはり小野田は「終戦なんて敵を欺くための策略だと」言って聞く耳を持たない。「じゃあ、どうすれば小野田さんは日本に帰って来てくれるのですか?」と尋ねる鈴木に、小野田は「上官の命令がない限り、俺は動けない」と言うのだった。
小野田の真実の気持ちを知った鈴木は、いったん日本に帰り、小野田少尉の上官であった、元・陸軍少佐の谷口(小林稔侍)を連れて、再びフィリピンのルパング島へ。そこで小野田と再会し、谷口の口から「全ての作戦行動を停止し、任務を解除する」という命令文を読み上げさせて、ようやく小野田を戦争の呪縛から解き放ったのだった。
小野田さんは戦争が終わったことに気づかなかったわけではなかったのです。信じなかったのです。そして、「上官の命令は絶対」という頑なな意思が30年もの間、小野田さんをフィリピンのルパング島に潜伏させていたのでした。
小野田さんが日本に帰って来た時、私は8歳でした。戦争を知らずに生まれ、戦争を知らずに育った私には「私が生まれたあとも、小野田さんは終戦を信じずに、一人きりで戦い続けていた」という、この事実だけがあまりにも衝撃的で、他に言葉もありませんでした。
「お国のために」という言葉をよく聞きますが、聞くたびに切ない気持ちになります。自分と自分の愛する人たちのために生きられないなんて、悲しすぎます。
この平和がずっと続きますように…。
2005年07月09日
今クール観ることに決めた、1本のテレビドラマ
最近のハリウッド映画は、旧作や外国作品のリメイクが多い。最近の日本映画は、ベストセラー小説の映像化が多い。そして、最近の日本のドラマはヒットした映画をドラマ化したものが多い。
今クールのテレビドラマといえば、『いま、会いにゆきます』『電車男』『がんばっていきまっしょい』 『海猿』(←これは続編らしいが)…と、4本も映画をドラマ化した作品が重なっている。どこの世界もネタ不足なんだろうなーと思う。
元々『海猿』には映画にも興味がなかったので観る気はゼロだったのだが、エルメスの視点に重点を置いて描いた『電車男』には興味があったので、観てみようと思った。『いま、会いにゆきます』は、大ヒットした映画には私はイマイチ乗れなかったのだが、ドラマの方には興味があったので、観てみようと思っていた。しかし、気付いたら『電車男』も『いま、会いにゆきます』も第1回の放送が終わっていて、私はどちらも見逃してしまった。もういい。観ない。私は諦めも早いのだ。
で、ビデオに録画することに成功した『がんばっていきまっしょい』だけを観ることが出来た。私は1998年11月にこの映画を劇場で観て、とても好きな作品だったので、変な形でリメイクされてしまうと心外だったのだが、このドラマはかなり好印象だった。昔、1996年に『白線流し』という名作ドラマがフジテレビで放映されたが、
今回放映されたドラマ『がんばっていきまっしょい』も、その流れに似ている。ちょっとノスタルジックで、めいっぱい青春している高校生たちの物語。主人公を演じる鈴木杏も、真っ直ぐな性格が観ていて気持ち良い。
今クールのドラマはこの1本に期待して、じっくりと見せてもらおうと思っている。出来れば「映画を超えるドラマ」にして欲しい。
田中麗奈主演・映画版『がんばっていきまっしょい』のレビューはこちら
2005年06月09日
テレビドラマ 『空中ブランコ』
主人公は、伊良部総合病院という大病院の跡取り息子、精神科医・伊良部一郎。そして、ここに様々な心の病を抱えた人たちがやってくるのだが、どうみてもマトモな治療をしない。そればかりかこの伊良部一郎は、患者よりも「変な人」なのだ。患者は彼と接しているうちに、自分の心が抱えている問題に自然に気付き、病気を治してしまう。書籍には1冊に5編ずつの短編が収められていて、伊良部一郎シリーズは今のところ全10話。とても面白くて、お薦めの作品だ。
で、今回テレビドラマ化されたのは、『空中ブランコ』に収められている『空中ブランコ』と『ハリネズミ』、そして『イン・ザ・プール』に収められている『コンパニオン』の3編だった。演出は、現在、映画版『電車男』を大ヒットさせている村上正典で、配役は以下の通り。
とんでも精神科医、伊良部一郎…………阿部寛
セクシー看護婦、マユミ…………………釈由美子
飛べない空中ブランコ乗り………………堺雅人
尖ったモノが怖いヤクザ…………………遠藤憲一
ストーカーされるモデル…………………佐藤仁美
原作本では伊良部一郎は「太っている」「笑うと歯茎がニュッと出て気持ち悪い」と表現されているので、どう考えても阿部寛のイメージではないのだが、伊良部が空中ブランコをするというシーンが必要なので、太った役者では、どうしても無理だったのだろう。(私のイメージは伊集院光だったりする) それでも、普段はイケメンであるはずの阿部寛は、このドラマでは確実に気持ち悪い男に見えた。
原作本では患者ひとりひとりの話がオムニバスになっているので、患者同士が接触することはないが、テレビ版ではその辺りにアレンジを加え、基本的には原作通りのシチュエーションやセリフを守りながら、患者同士の交流をも描いていたのが面白かった。ヤクザのカウンセリング中に、同じ部屋の中に空中ブランコ乗りが居て、一緒に話を聞いているなど、普通の精神科では「絶対にあり得ないシチュエーション」も、伊良部の診察室ではあってもおかしくない。
しかし、見た目にも原作の伊良部一郎よりマトモな阿部寛は、性格的にも原作の伊良部一郎より相当マトモな人間に思えた。原作では、伊良部は何も考えずに行動していることが、結果的に患者を治してしまっているというところが面白いのだが、このドラマでは、実は伊良部は患者のことをよく分かっていて、「そうすれば治る」と思って計算して行動しているような気がした。原作ファンからしてみれば、不満がなかったわけではないが、2時間のテレビドラマとしては、それなりに面白い出来になっていたと思う。
明日は映画『イン・ザ・プール』を観に行く。こちらでは、松尾スズキが伊良部一郎を演じている。やはり「太っている」「笑うと歯茎がニュッと出て気持ち悪い」というイメージとはかけ離れているが、テレビ版との違いを比べてみるのも楽しみだ。

空中ブランコ
2005年03月30日
製作側の思惑が見え見え◆『救命病棟24時・アナザーストーリー』
『救命病棟24時』第3シーズンは、第1回目からずーっと色々なことを考えさせられながら、毎週楽しみにしていたドラマだったのだけれど、先週の最終回ではガッカリしてしまった。今週は震災から半年後の看護士にスポットを当てた『番外編』で2時間スペシャルと言うので、落ち込んだ気分を盛り返してくれるものを期待していた。番組の予告では『アナザーストーリー』という、立派なサブタイトルが付いていて、公式サイトにはこんなことが書いてあった。
大好評のうちに最終回を迎えた『救命病棟24時』。でも、まだ終わりではありません。3月29日火曜日に『アナザーストーリー』が。震災から半年が経過した東都中央病院を舞台に、看護師たちの活躍を中心に描かれます。
なのに蓋を開けてみたら、看護士が「あんなことがあったわよねぇ…」と、震災直後のことを回想し、半分以上の時間が今までの放送のダイジェストで構成されていたものだった。これじゃあ、ただの総集編じゃん…。確かに、わずかに語られている『アナザーストーリー』の部分の看護士の話は良かったと思うのだけれど、2時間たっぷりと『アナザーストーリー』を見せるような宣伝の仕方をしていたくせに、これでは騙されたという気持ちは否めず、残念ながら好意的な目で見ることは出来なかった。総集編などに時間を割くくらいなら、もっときちんとした最終回が作れなかったのだろうか。
「終わり良ければすべて良し」という言葉があるけれど、例えば映画でも、ラストシーンが印象的な作品は、いつまでも心に残るし、逆に途中までがどんなにいい出来であったとしても、ラストがしっかりしていないと、作品全部がダメな印象になってしまうものだ。テレビの連続ドラマは、全話通して全体をバランスよく作ることは難しいものだということは分かる。収拾がつかなくて、かなり強引に最終回を迎えるドラマも色々あった。でもこの作品に関しては、最終回だからこそ丁寧に作って欲しかった。毎週楽しみにしていて、DVDが出たら絶対に買おうと思っていたのに、残念で仕方ない。
今、この時期に総集編を流す意味は、やはりDVDを売るための宣伝代わりなのだろう。製作側の思惑が見え見えで、観ていてあまり気分のいいものではなかった。私はもう買う気はないけど…。
2005年03月23日
不自然さが残り、すっきりしない◆『救命病棟24時・最終回』
で、その最終回を観てみた感想なのだけれど、なんかちょっとがっかりした。今まであれほど丁寧に、地震で被災した人たちの生き方を描いていたのに、今回の放送では70分間の中に色んな出来事を詰め込み過ぎたため、大切な部分が駆け足で語られ、残念ながら心の中に響いてくるものがほとんどなかった。
ここまで来て、不自然さを感じることも色々出てきた。
1話からずーっと出演中の、喘息患者・省吾くんの両親は、「地震で怪我をして、他の病院に入院している」と言っていたのに、震災から63日めになっても、まだ迎えに来ない。そんなに重症だったのか?息子のことは心配じゃないのか?という疑問。
それから、賞味期限切れのおにぎりを食べた病院スタッフたちが集団食中毒にかかるが、全員が7日も職場に復帰出来ないなんておかしい。「スタッフが足りない」という設定を作りたいための、かなり強引な展開のように感じられる。そもそも食中毒のエピソードは、本当に必要だったのだろうか。
他にも、22時間労働が7日も続き、スタッフの健康状態がボロボロになっている中、進藤先生だけが異常に元気だというのも不自然だった。少しくらい弱いところを見せても良かったんじゃないかな、と思う。
大都会を襲う地震という、興味深く重要なテーマを扱ったこのドラマが最後に訴えたのは、「復興に向けての希望」だった。ボロボロになったスタッフたちが、10年間で神戸が地震から復興した様子を知り、励まされるというくだりは良かった。しかし、出来ればそれをたった2枚の写真を見ることだけで表現するのではなく、阪神大震災に被災した人を登場させ、そのエピソードを絡ませたりしながら、立ち直った神戸の姿に励まされるスタッフの姿を、ゆっくり丁寧に見せて欲しかったし、地震で婚約者を失った小島楓や、家を失った日比谷の現在の心境も描いて欲しかった。
来週は「震災から半年後」を描いた、番外編の2時間スペシャルだという。そんなふうに番組枠が取れるのなら、もっときちんとした最終回を作るべきだったと思う。DVDになったら絶対に買おうと思っていたのだけれど、あのラストなら要らないな。期待していた最終回だっただけに、ちょっと厳しい感想になってしまった。
でも、そうは言っても、来週の番外編は結構楽しみだったりして。この萎えた気持ちをどうにか盛り返してくれるエピソードが観られるといいな。
2005年03月15日
想いを伝えられることの幸せ◆『救命病棟24時・第10話』
今回は、もうひとつ大きなテーマがあった。「余命1ヶ月ないと宣告された時、自分は家族のために何が出来るか。家族はその人のために何をしてあげられるか」というものだ。
バイクで転倒して病院に担ぎ込まれた男性は、大手ディスカウントチェーン店の社長だった。救命の処置中に医師らが気付いたのは、その男性が末期ガンに侵されていたということだった。医師たちは、あと1ヶ月ももたないだろうと判断し、それを本人に告知する。男性の気がかりは、震災が起きてから仕入れがスムーズに行かないため、
閉じたままにしていた店と、跡取り息子だった。自分がやってきたような商売をやっていくには息子は気弱で、このままでは店を開けられない。そこで、男性は自分が生きている残りの時間で、息子に店を継ぐ自覚を持たせようと、病体にムチを打って喝を入れる。息子は父親に安心してもらおうと、必死で業者を当たって商品を仕入れ、ついには全店オープンするところまでこぎつける。それを聞いた男性は、微笑みながら静かに息を引き取る…という話だった。
父親と息子の最後の会話を聞いていて、私は羨ましかった。あんなふうに互いの想いを伝え合いながら別れることが出来たら、どんなに良かっただろう。
私の彼は、糖尿病の合併症の脳梗塞で亡くなった。私が彼と最後に会ったのは、亡くなる4日前のことだった。一緒に映画を観て、ゴハンを食べ、お店の前で別れた。「じゃあ、また今度の土曜日ね」と言って別れたのに、それきり彼とは会えなかった。お互いが「最後」と自覚しながら会話出来たのなら、私も彼に話したいことはあったのに。彼だって、自分が死ぬと分かっていたら、もっと話したいことはあっただろうに。
今日の父と息子の話は、とても感動的だったけれど、なぜかそれを見ながら、無念だったろう彼の気持ちを考えずにはいられない私だった。
来週、最終回。






