映画の感想(2005年04月)

2005年04月28日

三十路プレイヤーの最後の試合◆『ウィンブルドン』3

05-05-01_21-22.jpg4月28日(木)ユナイテッドシネマ稲沢にて


全国のユナイテッドシネマズ限定で公開されている『ウィンブルドン』を観に来た。先着のプレゼントなのか、カウンターでバーバリーの香水が2本セットになったものを貰った。バーバリー・ブリット2mlと、バーバリー・ブリット・フォーメン2ml。香水には詳しくないのだけれど、ネットで調べたら5mlで1,000円以上するものらしい。でも自分は違うものを使っているし、それしか使わないし、得したんだかどうなんだかよく分からない。


"ウィンブルドン"という名前は、スポーツ音痴の私でも、もちろん知っている。それはテニスの全英選手権の開催地の地名で、大会そのものの通称にもなっているらしい。
予告編でこの作品は「『ブリジット・ジョーンズの日記』『ラブ・アクチュアリー』のスタッフが贈る最高のラブストーリー」と謳っていた。『ウィンブルドン』という邦題はオリジナルタイトルの通りなのだけれど、そのタイトルからラブストーリーを連想しにくいからか、ほとんど宣伝していないからか、休日前のレイトショーでもカップルの姿は少なかった。


特別枠でウィンブルドンへの出場権を手にしたイギリスのテニス選手ピーター(ポール・ベタニー)は、この試合を最後に引退を決意していた。宿泊先のホテルで、彼は注目の女子選手リジー(キルスティン・ダンスト)と出会い、急接近する。彼女の力を借りたピーターは、その後の試合を奇跡的に勝ち進むが、逆にリジーは調子を奪われ、
ポールはリジーの父親でコーチでもあるデニス(サム・ニール)から、交際をやめるように釘を刺される。


てっきりキルスティン・ダンストが主役だと思っていたのに、ストーリー的にはポール・ベタニーの方が主役だったのが意外だった。『マスター・アンド・コマンダー』を観た時、その演技の幅の広さに驚かされ、最近ちょっと気になっていたポール・ベタニーなのだが、今回の爽やかな役柄で、私の注目度はますますアップした。

かつては世界ランキング11位だった男が30歳を過ぎ、加齢と共にその順位を下げて、今では119位。そんな中で彼は引退を決意するが、それを発表してもマスコミは注目すらしてくれない。きっとそれはスポーツ界ではごく当たり前のことで、華々しく引退を飾れる選手なんて、ごく僅かな人なんだろうと思う。そんな悲しい引退試合を迎えようとしていた男が、スタープレイヤーの女のコに恋をして、予想外にトーナメントを勝ち進んでしまう。しかし、強くなっても彼の意思は変わらない。「勝っても、負けても、この試合が終わったら引退する」と彼は言い張る。完全燃焼するつもりなのだ。その潔さが、なんかカッコいい。

ジャンル分けすればこの作品はラブコメディで、ストーリーの運び方もとてもベタ。でも、ちょっと視点を変えてみて、主人公の男性の人生の選び方、生き方に注目して観てみると、なかなか素敵な映画だったと思う。
とは言え、マジメなスポーツものにしては、やっていることは結構はちゃめちゃで、ピーターは試合前日にお酒を飲んだり、セックスしたり、壁をよじ登ったりする。他にもホテルのフロントが間違えてチェックイン済みの部屋のキーを渡したりと、"あり得ない出来事"に突っ込み所は満載で、作り手も"軽め"を意識しているに違いない。観る方も"軽め"な気持ちで観ればいいのかもしれない。
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2005年04月27日

韓国の負の歴史を新鋭の監督が描く◆『大統領の理髪師』3

4月27日(水)試写会にて

友人から誘ってもらい、『大統領の理髪師』の試写会に来た。
1年くらい前までは、月に観る10本ほどの映画のうち、約半分はこのテの試写会で観ていたのだけれど、最近は自分でほとんど当選しなくなり、誘ってもらうことがほとんどになった。こうやって映画の感想をウェブに載せるようになってからは、最初から面白くない(自分の好みに合わない)と分かっている映画を観るほどの時間はなくなり、ほとんど試写会にも応募しなくなったので、当選もするはずがない。

この前、「現在上映中だけど、絶対に観に行かない映画」と言って、『真夜中の弥次さん喜多さん』 『阿修羅城の瞳』 『マスク2』 『ナショナル・トレジャー』 『コックリさん』 『ローレライ』 『アウト・オブ・タイム』 を挙げたけれど、たぶん1年前の私なら、この全ての作品を試写会で制覇していただろう。でも、今の私はこの中のどの作品の試写会にも応募しなかった。最初からあまり惹かれるものがなかったのだ。

今日の『大統領の理髪師』は、初めて予告編を観た時からすごく楽しみにしていた映画だった。楽しみにしている映画を、少しでも早く観られることは嬉しいことだ。でも、私には不安があった。今日の試写会の主催は、この前『フライト・オブ・フェニックス』の試写会で、始まる前にアナウンサーが80%くらいストーリーを語ってくれた中部日本放送なのだ。ここが主催する試写会では、その前にも映画の前に激しくネタばらしされたことがある。どうでもいい映画ならともかく、楽しみにしている映画でそれをやられるとつらい。今日は本編前のアナウンサーの"映画の説明"は、出来るだけ聞かないように努力したのだが、聞くまい、聞くまいと思っていると、余計に耳に入ってくる。そして、今日も舞台上の女性アナウンサーは、サラリとネタばらしして去っていった。これで映画の面白さが半減してしまったことは、言うまでもない。(でも、この"ネタばらし"は、公式サイトにも書いてあった。配給会社は何を考えてるんだ!?)



ソン・ハンモ(ソン・ガンホ)は、大統領官邸の近くで理髪店を営んでいた。彼は助手のミンジャ(ムン・ソリ)を無理矢理に妊娠させて結婚し、1961年に息子ナガンが生まれる。ハンモは家族3人で平凡に暮らしていたが、息子が小学生になったある日、店に大統領の側近が現れ、彼は大統領の理髪師に任命されてしまう。そして、その日からハンモの人生は大きく変わっていったのだった。


ソン・ガンホは、本当にいい俳優だと思う。『シュリ』や『JSA』などのシリアスな映画に出演している時よりも、『反則王』や、この『大統領の理髪師』のようなコミカルな演技をしている時に、特にそう思う。韓流ブームで、色んな韓国のイケメン俳優が騒がれているが、もし私が「韓国人俳優で誰が好き?」と聞かれたら、ソン・ガンホと答えるかもしれない。(誰がカッコいいかと聞かれたら、やっぱりウォンビンだけどね)

冒頭では1960年代の韓国激動の時代を描いているが、監督は1969年生まれで、この作品が映画デビュー作だと知って驚いた。1960年の大統領の不正選挙と、それに怒った学生が起した1961年の4.19革命というのは、きっと韓国史では有名な話なのだろうが、それすらも物語に上手く組み込んでギャグにしている。特に、床屋の白衣を着たままのソン・ハンモが産気づいた妻をリヤカーに乗せ、デモ隊の中を突進するシーンは、ブラックなのだけれど、声を出して笑ってしまった。これは、時代を知らない監督だからこそ、なせる技なのかもしれない。

現代の日本で考えれば、庶民が総理大臣の理髪師になることはそれほど大層なことではない気がするが、きっとこの時代の韓国では、大統領と庶民との間には、とんでもない距離があったのだろう。映画を観ていて分かるのだが、主人公のソン・ハンモは、決して頭のいい人間ではない。(…というより、ちゃんとした教育を受けていない人間と言った方が正しいかもしれない) その彼が、政府の要人たちとちぐはぐなコミュニケーションを取るところが、この映画の面白さだ。

そんな中、物語は北朝鮮のスパイ探しへと進んで行く。罪の無い庶民たちを、拷問で無理矢理自白に追い込み、射殺する。どこまでが事実でどこまでがフィクションなのかは分からないが、『赤狩り』にまつわる過去の愚かな歴史を、新鋭の監督が皮肉たっぷりに描いているような気がした。

予告編のイメージでは、前半がコミカルで、後半に完全にシリアス変わるのかと思っていたが、シリアスな場面も重くなり過ぎず、あくまでコミカルな部分を残して軽いタッチで進んで行くところが良かった。ただ残念だったのは、やはりアナウンサーにネタばらしをされたことで、そのためにラストの感動が薄れたことは事実。配給会社の宣伝担当の人は、お願いだから映画の楽しみを奪うような記述は避けて欲しい。


※アナウンサーが何て言ったのか知りたい人は、反転させて見て下さい。

「彼が一番大切なものを守るために思わぬ勇気を示した時、ついに奇跡は訪れます」だって。普通言うかなぁ。もう、最後に息子が歩けるようになることがバレバレじゃん。きっと歩けるようになるだろうと分かっていても、それは知らずに観ていたい。これから映画を観ようとしている人間に対して、思いやりのあるコメントだとは思えない

ちなみに、このコメントは公式サイトの『イントロダクション』のところにも書いてあります。観たあとに読むなら構わないんだけどさ…。
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2005年04月26日

まともな人間は誰なのか◆『カナリア』3

4月26日(火)TOHOシネマズ木曽川にて

TOHOシネマズ木曽川では、レイト上映がないために諦めかけていた『カナリア』だったが、定時後ダッシュで帰れば18時20分の回に間に合うような気がした。火曜日はTOHOシネマズ木曽川のレディースデーなので、頑張って挑戦してみることに。定時になったらすぐに帰れるように仕事を片付けていたら、友人からメールが入った。

「今日、『交渉人・真下正義』の試写会があるのだけど、同行者からドタキャンされたので、予定がなければいかが?舞台挨拶もあるみたい」

…ユースケ・サンタマリアかぁ。『踊る大捜査線』シリーズは好きなのだけれど、ユースケはどうしても好きになれないんだよね。『踊る』の真下正義というキャラも、最初のテレビシリーズでは嫌いではなかったのだけれど、特番を重ねる度にだんだん鼻につくようになってきた。ほとんど出ずっぱりのユースケを2時間見続けるというのは精神的にキツいし、「舞台挨拶」と聞いても、全く食指が動かない。それより何より、私は今日は『カナリア』を観る気満々だったのだ。だから友人の誘いは断って、予定通りダッシュで帰って『カナリア』を観に来た。レディースデーとは言っても、さすがにこういう地味な作品はウケない土地柄だけあり、広い劇場に観客は2人だけ。女性は私ひとりだけだった。


05-04-27_23-14.jpg12歳の少年・光一は、数年前に母親と妹の朝子と共にカルト教団『ニルヴァーナ』に入団し、その施設内で過ごしてきた。やがてそのカルト教団は崩壊し、光一は朝子と共に児童相談所へと預けられるが、そこへ現れた光一の祖父は、朝子だけを引き取り、光一を施設に残していった。祖父の手から朝子を取り戻すため、施設を脱走した光一は、途中で援助交際の相手から乱暴されそうになった12歳の少女・由希を助ける。母親を亡くし、父親の愛情を受けていない由希は、祖父の住む東京へ向かう光一について行くことにする。


(以下、かなり映画の内容に触れて書きます)

山奥の施設、白装束の信者、ヘッドギア、無差別殺人テロ事件…。映画の中に出てくる教団名は『ニルヴァーナ』でも、世間を騒がせた"あの教団"をモチーフにしていることは、誰でも一目で分かる。

光一は教団内で警察に保護され、児童相談所へ送られる。彼と同時に保護され、施設に送られた少年少女たちは、そこで生活するうち徐々に俗世になじみ、教団の教えから離れていった。しかし、光一だけはその呪縛から解かれることはなく、施設内でもヘッドギアをかぶり、マントラを唱え続けた。一体何が12歳の少年をそんなに駆り立てるのか。それは物語が進むに連れ、徐々に明らかになって行く。

実は、彼は最初から教祖など信じてはいなかった。いたいけな少年が頑なに信じていたのは、教祖ではなく母親の言葉だったのだ。「今はつらい時期だけれど、頑張ればまた親子3人で居られるようになる。だから、今はマントラを唱えなさい」母親は息子にそう言った。母親の言葉を真に受け、彼はまた母親と妹と3人で一緒に暮らせる日が来ることを信じて、マントラを唱え続けていたのだ。しかしその母親は、無差別テロ事件の実行犯として指名手配されていて、どこに居るか分からない。

親が子供を殺し、子供が親を殺すというニュースが毎日のように伝えられる今の時代、狂っているのは、決して教祖を信じた人々だけではない。この作品の特徴は、純粋に教祖を信じた人たちを肯定的に受けとめ、俗世で普通の顔をして生きている"異常な人々"を、存分に表現しているところにある。

この作品に出てくる人物たちは、みなそれぞれに違う価値観の中で生きている。そして物語は、様々な人間たちの様々な価値観が、激しくぶつかり合いながら進んでいく。
「理由があれば人を殺してもいい。でも、他人のモノを盗むことはいけない」
少年は、独自の価値観でそう言った。
「罪のない人を殺すことはいけないことだが、自分が生きるための万引きは悪くない」
少女は少女の価値観で少年に返した。
世間一般で言う「善し悪し」は、彼らには通用しない。そう信じているのだ。そんな彼らの歪んだ価値観は、全て大人が植えつけたものだった。少年たちが異常なわけではなく、彼らを異常な事態に追い込んだ大人たちが異常なのだ。現に、一見まともそうに見える光一の祖父は、手に余る孫を簡単に見放した。そんな光一の祖父に対して、「子供は親を選ぶことは出来ない。でも、親は子供を選んでいいのか!!」と叫んだ由希が、私には一番まともに見えた。

風刺が効いた作品なので、どんな結末になるのだろうと思っていたが、何かすっきりしない、よく分からないエンディングだったのが残念。信じていた母親が亡くなった光一のショックは、ああ表現するしかなかったのだろうか。

『コーラス』の感想でも書いたが、問題を抱えた子供でも、自分の居場所と役割を見付ければ、きっと変わることが出来る。どこまでも暗い顔しか見せなかった光一と由希だって、伊沢(西島秀俊)の手伝いで洗濯機を洗っていた時、あんなに明るく子供らしい表情を見せていたじゃない。彼らに残された道は他にはなかったのだろうか、と考えてしまった。
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2005年04月25日

テーマに一貫性が見当たらず、中途半端◆『ダブリン上等!』3

4月25日(月)シネマスコーレにて

東京での上映時にかなり評判が良かったようなので、めずらしく前売り券まで購入して、期待いっぱいで『ダブリン上等!』を観に来た。

物語の舞台は、アイルランドの首都ダブリン。タイトル(…と言っても邦題だけど)に『ダブリン』と入れている割には、誰もが知り合いのような、何だか小ぢんまりした町の中で起こった出来事を描いている。アイルランド気質なのだろうか、暴力的な人間が多く、みんなどこか拗ねていたり、冷めていたりする。

公式サイトには「54人が登場する11のストーリー」と書いてあったが、主な登場人物は実際には12人で、これらの人物たちが色々絡み合って物語が進行して行く。私は大勢の人間が複雑に絡み合う群像劇は好きな方で、『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』はやはり傑作だと思うし、『ひかりのまち』は私のオールタイムベスト10にも入るくらい大好きな作品だ。『マグノリア』や『アモーレス・ペロス』も面白かったし、マイナーだが『ビューティフル・ピープル』という作品も傑作だった。で、この『ダブリン上等!』なのだが、確かにそれなりに楽しめるのだけれど、今までに観てきたこれらの作品に比べると、「ずば抜けて面白い」という印象はない。なぜなら、テーマに一貫性が見当たらないからだ。

物語を端的に表せば、"ある事件"をきっかけに、登場人物たちが"あること"に目覚めていく…という話なのだろうが、12人の中には何にも目覚めない人物も居るし、中途半端な登場だけで終わってしまう人物も居る。アイルランド国内ではずいぶん評価された作品らしいが、傑作群像劇を何本も観ている私には、ちょっと物足りなかった。
「暴力的、拗ねている、冷めている」という登場人物たちに魅力を感じなかったこともその要因のひとつかもしれない。

人物の絡み具合から言うと、この作品には『ビューティフル・ピープル』が一番近いかもしれない。『ダブリン上等!』に満足出来なかった人も、満足出来た人も、機会があれば、ぜひこちらの作品を観て欲しい。ちなみに、『ビューティフル・ピープル』の感想はこちら
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2005年04月21日

生と死について考えるための映画◆『海を飛ぶ夢』4

4月21日(木)TOHOシネマズ木曽川にて

今年度アカデミー賞外国語映画賞を受賞した『海を飛ぶ夢』を観に来た。アカデミー賞では、主役のラモン・サンペドロを演じた30代前半のハビエル・バルデムを 50代に変身させた特殊メイクも評価されたが、 25歳のラモンを演じるハビエルを前面に出したアメリカの公式サイトとは対照的に、日本の配給会社では予告編でも公式サイトでも素顔のハビエルの姿を一切出しておらず、そのことに関してはほとんど触れていない。これって結構、衝撃の事実だと思うのだけれど、なぜなんだろう。

ラモン・サンペドロは、25歳の夏、海に飛び込んだ際に海底で頭を強打し、それ以来、首から下の自由が全く利かない身体になってしまった。実家のベッドの上で家族の手を借りながら26年を過ごしたラモンは、自らの決断で人生に終止符を打つことを決め、『尊厳死』を認めさせる裁判を起こすことにした。尊厳死を支援する団体の紹介でやってきた弁護士フリアは、ラモンを理解し、心を通わせていく。そんな中、テレビでラモンのことを知ったシングルマザーのロサが、「力になりたい」と、彼の元を訪ねて来た。

ネタバレなしでは語れない作品なので、以下、ネタバレで。


この作品では、ラモンの周りの色々な人々の彼への思いが渦巻く。兄は「自分より年下の弟が先に死ぬなんて許さない」と言い、兄嫁は「彼のことは息子のように愛しているが、彼が望むことなら引きとめない」と言った。自らも不治の病を抱えた弁護士フリアは、「一緒に死のう」とラモンに持ちかけるが、結局自分は死ぬことを踏みとどまり、ラモンを愛したロサは、当初の「生きて欲しい」という気持ちを一転させ、彼の死の手助けをした。

この作品は、色んな人の立場に立って、生と死について考える映画なのだと思った。もし自分が肢体不自由になり、誰かの手を借りなければ生きていけないのだとしたら、やはりラモンと同じように「死にたい」と思うだろう。でも、もし自分の家族が肢体不自由になり、ラモンのように死を望んだら、きっと死なせたくないと思うだろう。何が正しくて何が間違いなのかは分からない。映画を観ながらも、私は誰にも感情移入は出来なくて、ただ傍観者になりきっていた。 

日本では、男性20歳〜44歳まで、女性15歳〜34歳までの死亡原因の第1位が『自殺』なのだという。(参考資料 厚生労働省のサイト)病気よりも、事故よりも、自殺が多い世の中。自殺は罪には問われないが、自殺を手助けすること(自殺幇助)は罪に問われる。私には何が正しくて、何が間違いなのか分からない。

第三者は、ラモンに「あなたには生きる権利がある」と言った。しかし、ラモンはそれに対し「生きることは私には義務だ」と答えた。 25歳で事故に遭い、それからの26年間をひたすらベッドの上で過ごし、そこから先、また何十年そういう生活を強いられるか分からない状況の中で生きることがどれだけつらいことであるか。両手両足を鎖で繋がれ、冷たい檻の中に入れられたまま、死が来る日を待つしかない死刑囚とさほど変わりはない。いくら死を望んでも、自分で手を下すことすら出来ない。だからこそ、『死ぬ権利』すなわち『尊厳死』を認めさせる裁判を起したラモンを、私は間違っているとは思わない。彼は死刑囚とは違うのだ。

それでもラモンが26年間、動かない身体で生き続けたのは、きっと母親のためだったのだろうと思った。映画の中では、「母親が亡くなってから、兄嫁が面倒を見ている」と言っていたが、恐らく、母親に面倒を見てもらっている時には、ラモンも『尊厳死』については考えなかっただろう。母親に甘えることは心の苦痛にはならない。でも、その役割が兄嫁に代わった時、他人の手を借りなければ生きていけない事実に改めて絶望し、ラモンの心の苦痛になっていったに違いない。

裁判で『尊厳死』が認められなかったラモンは、ロサの手を借りて自ら命を絶った。残された家族の悲しみを考えると、彼の決断が正しいとは言い切れないが、間違っているとも思わない。もし彼があのままベッドの上で一生を終えたなら、彼は一時的に法廷を賑わした人物というだけで、いつかは人々の記憶から消えてしまっただろう。しかし、意思を貫き通したことで、彼は伝説の人となった。その人生を描いた映画が作られ、人々は彼を思い、生と死について深く考える。彼は自ら命を絶ったことで、"生きた証"を残したのだ。

死を望む人間に真っ向から反対し、『倫理』という言葉で片付けるのは簡単だが、それだけで済ますことが出来ないテーマがこの映画の中にあった。それを「正しい」とか「間違い」とかいうカテゴリーで分けることは難しい。ただ、深く感じたことは、人生は「その人自身のもの」であり、「死に方も生き方のうち」なのだということだった。

余談になるかもしれないが、この作品の字幕担当は松浦美奈さん。私が一番好きな字幕翻訳家の方で、今回もセリフの一言一言が心に響き、作品を引き立てていた。


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2005年04月19日

豪華な映像特典◆『インファナル・アフェアIII 終極無間』2

4月19日(火)TOHOシネマズ木曽川にて

「1作目をちゃんと復習していないと完全に置いていかれる」というアドバイスを受け、前日にビデオ鑑賞し、満を持して『インファナル・アフェアIII 終極無間』を観に劇場に向かったはずだった。それなのに、しっかりと置いていかれた。やはりこの作品は、1作目だけでなく2作目も観ていないとダメらしい。

本当のところはどうなのか知らないが、私の個人的な見解だと、香港俳優のスター度は、「トニー・レオン>アンディ・ラウ」かな、と思っていた。なので、1作目のラストでトニー・レオンがアンディ・ラウに殺されてしまうのが、かなり衝撃的だったのだ。

2作目は1作目より10年さかのぼった過去の話で、この2人の役は別の若い俳優が演じ、この2人は出ていないという。でも3作目のポスターには、引きで写っているアンディ・ラウに対し、死んだはずのトニー・レオンの顔がアップで写っている。(逆バージョンのもあるみたいね)いったい、どういう話なんだろうと思っていた。

オープニングは、トニー・レオン演じるヤンが殉職した直後。アンディ・ラウ演じるラウが、事実を曲げて警察に報告するというところから始まる。事故の責任を取らされたラウは一時的に庶務課に移され、駐車場の管理やら、制服のクリーニング管理などをやらされている。マリーとは結婚したものの、離婚の話し合い中。…なんだか、面白い展開になりそうな予感がした。

しかしこの展開だと、殉職したヤンを登場させるのに無理がある。そう思っていたら、いきなり時間がヤンの殉職前に戻された。そこからは時系列がバラバラで、過去からいきなり現在になったり、もっと過去に戻ったり。とても感情移入出来るような状態ではなく、中盤からは集中していることがかなりキツくなってきた。私は一度「面白くない」と思い始めると、投げ出してしまうクセがある。中盤からは意識が朦朧としはじめ、寝に入ってしまった。

決して映画が悪かったわけではないと思う。2作目を観ていないまま、3作目を観てしまった私が悪いのだ。ただ、私は『あずみ2』を観た時に「続編にとって大切なことは、一作目を観ていなくても一本の独立した映画として楽しめるということ」と書いた。この意見は、『インファナル・アフェアIII』を観ても変わらない。2作目3作目で、1作目の色んな「謎」が解かれていくというこの映画、謎は謎のままでも1作目は傑作映画として十分に成り立っているのだし、それに対して、3作目は独立した映画としては成り立たない。この3作目に関してだけ述べれば、1作目のDVDの映像特典くらいのレベルかなぁと思う。
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2005年04月13日

男性が女性の内面に踏み込むのは難しい◆『微笑みに出逢う街角』3

4月13日(水)名演小劇場にて

映画生活でクチコミの満足度が高い、『微笑みに出逢う街角』を名演小劇場に観に来た。ここの劇場では有料の会員制度があって、年会費2500円を払うと、映画の招待券1枚と6ポイント溜めると1回無料になるポイントカードがもらえる。それだけでは高いと思うのだけれど、会員は月曜から金曜までの平日は、いつでも1000円で映画が観られるのだ。この劇場は、ミニシアター系の小品を名古屋地区独占公開することも多いので、これは、いい映画をたくさん観たいと思っている映画ファンには嬉しいサービスだ。年に2〜3回しか行かないなら無用だが、6回以上行くなら会員になっておいた方が得なような気がして、この前入会しておいた。この映画も木曜のレディースデーなら混んでいそうだけれど、今日は比較的空いていてゆったり観られる。会員になっておいてよかった。


オリビア(ソフィア・ローレン)は、足の悪い夫と二人で生活している主婦。子供の頃には画家になる夢があったが、その夢も諦め、今はひとりでデッサンに励んでいる。夫との暮らしは平凡で静かだが、決して満たされてはいない。そんな彼女は、ずっと心の底に隠していた秘密があった。

フォト・ジャーナリストのナタリア(ミラ・ソルヴィーノ)は、アンゴラの戦地で戦火の中の子供の写真を撮り、見事にTIME誌の表紙を飾った。同じくフォト・ジャーナリストとして活躍していた父親にも褒められ、友人たちにも祝福されるが、彼女は素直にそれを喜ぶことが出来なかった。戦火の中で、自分が撮った子供が、そのあとどうなったかが気がかりで仕方なかったのだ。

キャサリン(デボラ・カーラ・アンガー)は、世界的に活躍しているチェロ奏者。そんな彼女の父親が、母親殺しの20年の刑期を終えて刑務所から出所してきた。母親を殺した父親をいまだに許すことが出来ない彼女は、父親に復讐しようと考えていた。


接点のない3人の女性。彼女たちはそれぞれに「何か」を抱えて生きていて、心から笑うことが出来ない。この作品は、そんな彼女たちが自分の生き方にひとつの決断を下し、微笑むことが出来るまでの過程を描いている。いい作品だとは思うのだが、観終わった時の印象としては、少しもの足りないものを感じた。

良く似たテーマの作品として、私はマイケル・ウィンターボトム監督の『ひかりのまち』を思い出した。『ひかりのまち』は、ロンドンに住む3人の姉妹を中心に、孤独を抱えた人々が小さな幸せを見つけていく話で、言葉にしない心理描写が素晴らしく、私の大好きな作品だ。好きな作品とテーマが似ているとなると、どうしても2つの作品を比較してしまうのだが、心理描写はもちろんのこと、登場人物の関係、映像、音楽ともに、『ひかりのまち』には勝っていないな、という印象だった。

この作品はソフィア・ローレンの出演100作目の記念映画だという。私はソフィア・ローレンが出演した映画を観たのは、たぶん本作が初めてだと思うのだが、年老いてもなお、ものすごい存在感を放っている女優だと感じた。どんなにみすぼらしい格好をしても、スクリーンの中で目立ってしまう。この作品では、ソフィア・ローレン、デボラ・カーラ・アンガー、ミラ・ソルヴィーノという3人の女優が3つの異なるストーリーでそれぞれ主役として出演し、それぞれにいい演技をしているのだが、ソフィア・ローレンの印象があまりにも強すぎて、他の2人は完全にかすんでしまっている。監督と脚本は、ソフィア・ローレンの息子、エドアルド・ポンティが手掛けており、"ソフィア・ローレンありき"の作品ということは間違いなのだろうが、彼女の存在感が、作品全体のバランスを崩してしまっているような気がした。

それでも、彼女たちの最後の決断に納得出来るものがあれば、まだ良かったのだろうが、3人ともどこか中途半端な印象がある。確かに彼女たちは微笑んだのだけれど、果たしてそれでいいの?という疑問の方が強かった。やはり、男性が女性の内面に踏み込んだ脚本を書き、映画を撮るのは難しいのだろう。
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2005年04月12日

好きじゃないタイプの人間の伝記映画◆『アビエイター』2

4月12日(火)TOHOシネマズ木曽川にて

『アビエイター』のような話題の大作は、公開直後に観に行ってもきっと混んでいるだろうし、どうせロングラン上映するだろうから、慌てて行かなくてもいいや…と思っていた。だから、今日はちょっと溜まっている仕事を残業で片付けてから、ウチに帰ってテレビで『世にも奇妙な物語』でも観るつもりにしていた。ところが、残業の合間にネットでTOHOシネマズの上映スケジュールを何気なく覗いてみて焦った。私がホームグラウンドにしているTOHOシネマズ木曽川では、来週から『アビエイター』はレイト上映がなくなり、昼間2回だけの上映になっていたのだ。まだ始まったばかりだと思っていたのに、こんなに早くそういう扱いになっちゃうの?1月に公開された『オペラ座の怪人』だって、まだ1日3回も上映しているというのに。とにかく、うっかりしていると見損ねてしまうので、慌てて仕事を片付けて退社し、急遽、今日観に行くことに決めた。

上映開始5分前、チケットに指定された番号の劇場に入って驚いた。客がひとりも居なかったのだ。上映15分前には開場するので、5分前に劇場に入れば、何人かは座席に座っているのが普通なのに。早々に公開が縮小されるので、客入りが悪いことはある程度は想像出来たが、まさかこれほどまでに酷いとは。もしこのままあと5分間、誰も人が入ってこなかったら、私は広い劇場の中、たったひとりで『アビエイター』を鑑賞することになる。「まぁ、それも悪くないかな」などとも考えていたが、さすがにそうはいかず、それからパラパラと人が入ってきて、結局観客は全部で10名ほどになった。それでもたったの10名程度。この映画に人気がないことには変わりはない。


父から莫大な遺産を継いだ青年ハワード・ヒューズ(レオナルド・ディカプリオ)は、その財を注ぎ込んで、航空アクション映画の製作にのめり込む。完成した映画はハリウッドで大成功をおさめ、彼は一躍セレブリティの仲間入りを果たした。やがて、人気女優キャサリン・ヘップバーン(ケイト・ブランシェット)と恋に落ちたハワードは、彼女を心の支えにしながら、映画製作の仕事も、最速の飛行機を作るという夢も順調にこなしていた。しかし、異常なまでに夢にのめり込みすぎた彼は何かが狂いはじめ、次第に正気を失って行く。


…長い。…つまらない。
上映時間が2時間51分もあるというのに、私は既に中盤からじっとしていることがキツかった。アカデミー賞作品賞にノミネートされ、宣伝効果は抜群であったはずなのに、こんなにも人気がない理由も、早々に上映が縮小される理由も、作品を観てみてよく分かった。

(私はそれほど面白くなかったが)多くの人が絶賛した『Ray/レイ』と同じく、この作品も、実在したハワード・ヒューズという人物の伝記映画である。しかし、そこには『Ray/レイ』のようなエンターテイメント性はほとんどなく、華やかなハワード・ヒューズの人生と、その心の裏側のダークな部分の対比をメインに描いている。『Ray/レイ』では、レイ・チャールズの内面が見えなかったことが不満だったのに、十分すぎるほどハワード・ヒューズの心の中を見せてくれたこの作品も、やはり面白くなかった。その理由のひとつは、私がハワード・ヒューズという人物を全く知らなかったということであるが、それより何より、映画で語られているハワード・ヒューズという人物に全く人間的な魅力を感じなかったことに問題がある。

傲慢、強欲、自己中心的、そして潔癖症。野心を持ち、自分の夢を叶えるために、まい進する男性の姿は素敵だと思うが、お金にモノを言わせて、周りに無理難題をふっかけ、威張り散らす人は好きじゃない。好きじゃないタイプの人間の伝記を観ていても面白くない。それだけの話だ。

そんな映画の中で特筆すべき点といえば、やはりレオナルド・ディカプリオの演技に尽きるだろう。異常なまでの野心に正気を失っていくという、後半のディカプリオの演技は、アカデミー賞会員にどれだけスカンされようとも、やはり凄いとしか言いようがない。元々、『タイタニック』に出演する前は、彼も"演技派"として認められていたのだ。今回はアカデミー賞受賞は逃したものの、今後の"演技派"としての彼に期待したい。ただ、これをきっかけに、賞を狙いすぎた作品選びをするようにならなければいいな、と思う。

退屈で仕方ない映画だったので、本当なら★1コくらいの満足度だったけれど、ディカプリオの迫真の演技にもうひとつ追加して、★★という評価で。
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2005年04月11日

心が浄化されるような歌声◆『コーラス』4

4月11日(月)TOHOシネマズ木曽川にて

観たい映画が次から次へと公開されるので、消化していくのが大変だ。今日は『アビエイター』を観るか『コーラス』を観るかで迷ったが、週の初めから3時間近い映画を観るのは疲れそうだったので、上映時間が97分という手ごろな長さの『コーラス』を観ることに。


音楽家モランジュ(ジャック・ペラン)は、公演先で母親の訃報を知る。葬儀のために故郷へ戻ったモランジュの元に、ひとりの男が訪ねて来た。それは、子供時代を一緒に寄宿学校で過ごしたペピノだった。ペピノはモランジュに、1冊の日記を手渡す。それは寄宿学校時代、学校一の問題児だったモランジュに、音楽を教えてくれたひとりの教師・マチュー(ジェラール・ジュニョ)が書いた日記だった。その日記には、彼が問題児ばかりが集まる寄宿学校で体験した、様々な出来事が書いてあった。


モランジュが母親の死を聞かされ、子供時代の回想に入っていく…というオープニングのシーンは、イタリア映画の名作『ニュー・シネマ・パラダイス』にそっくりだ。普通に考えれば、これは「パクリ」とも言えるのだろうが、それを『ニュー・シネマ・パラダイス』と同じ俳優ジャック・ペランが演じているのだから、きっと意識的にやっているのだろうな…と思って観ていた。しかし、あとになって、この作品はジャック・ペランが製作を手掛けていると知り、彼自身がその仕掛け人になったのだと分かった。しかも、監督・脚本は、ジャック・ペランの甥だということなので、これは完全に遊び心なのだろう。この作品は今年度のアカデミー賞・外国語映画賞にノミネートされているので、その遊び心の部分も、ちゃんと世界的に認められている…ということになる。

悪ガキどもを教師が手なずける話というのは、これまでにも映画やテレビで散々やっている。そこに描かれている教師は、大抵が子供たちのことを心より考え、押さえつけるのではなく、隠れている子供の才能を伸ばしてやることに情熱を注ぐ。最初は手が付けられなかったような子供たちも、自分の中に可能性を見つけ出し、やがては教師に信頼を向けるようになるのだ。音楽教師が子供たちの心を変えていく作品といえば、『ミュージック・オブ・ハート』もそうだし、少し異質だが『スクール・オブ・ロック』も挙げられる。言ってみれば"お約束のストーリー"なのだが、なぜか心を惹かれてしまう。

この作品の音楽教師マチューは、子供たちに歌を歌わせることで、その心をつかもうとする。自分の居場所を持たない子供たちに役割を与え、それぞれがそのパートをきっちりとこなすことで、他人を感動させるほどの美しいハーモニーが生まれた。それは、まるで心が浄化されるような美しい歌声で、たぶん歌っている本人たちもそれに気付いている。そしてその達成感が、ただの悪ガキだった子供たちに変化をもたらす。ストーリー自体には特に目新しいものは感じなかったが、子供たちを見守る温かい教師の目と、子供たちの美しい歌声が、"お約束のストーリー"を、人の心を引き付ける素晴らしい作品へと仕上げていた。

欲を言えば、もう少し荒れた子供たちの心の内側まで踏み込んで欲しかったのだが、映画自体が、教師マチューの日記の内容を再現するという構成になっているため、『ブリジット・ジョーンズの日記』と同様に、単純にマチューの視点で語ればよかったわけで、理解も制御も不能のモンスターたちの内面まで表現する必要はなかったのかもしれない。


余談になるかもしれないが、公式サイトでこんな記述を見付けた。

不良のモンダン役に選ばれたのは、実際に青少年更生施設に入っている少年で、担当判事の猛烈な反対を監督自身が熱意ある説得を繰り返すことにより、やっと許可が下り出演が実現した。この少年は撮影中、問題を起こさないばかりか他の子供たちを常に優しく気遣っていたという。

自分の居場所と役割を見付ければ、きっと、問題を抱えた子供も変わることが出来るのだ。
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2005年04月08日

納得がいかないミステリー◆『クライシス・オブ・アメリカ』2

4月8日(金)ユナイテッドシネマ稲沢にて

全国のユナイテッドシネマズで限定公開されている、『クライシス・オブ・アメリカ』を観に来た。先に観た友人から「ダメ」という情報はもらっていたが、どうしても気になったのだ。

"Crisis of America(アメリカの危機)"という英文タイトルを公式サイトで探してみてもどこにも見当たらないと思っていたら、原題は全く違うらしい。原題は"The Manchurian Candidate (満州の候補者)"。この作品は、1962年に公開された『影なき狙撃者(The Manchurian Candidate)』のリメイクで、ハリウッドでは旧作のタイトルをそのまま使ったようだ。『クライシス・オブ・アメリカ』というのは、日本の配給会社が考えたタイトルなのだろうけど、 "crisis"の意味を知らなくても、何となくサスペンスチックな感じがしてなかなか良い。出演もデンゼル・ワシントン、メリル・ストリープ、ジョン・ボイトという名優が揃っていて、かなり興味を引かれる。配給は大手のUIP。これだけ役者が揃っているというのに、ユナイテッドシネマズ限定公開ということは、やっぱりダメなのだろうか…。


1991年、クウェート。湾岸戦争の前線で、アメリカ陸軍大尉のマルコ(デンゼル・ワシントン)が率いる部隊は、夜間に敵の襲撃に遭う。高頭部に一撃を受けたマルコは気を失ってしまうが、部下のレイモンド(リーヴ・シュレイバー)の活躍で、生還することが出来た。帰還したレイモンドは英雄として扱われ、軍隊を退いて母親のエレノア(メリル・ストリープ)と同じ政界で活躍を始めた。一方のマルコは少佐に昇進したものの、湾岸戦争の悪夢に悩まされていた。そんなマルコの前に、湾岸戦争でマルコの部隊に居たという男が現れ、悪夢について語り始める。それは、マルコがいつもみている悪夢と同じものだった。


デンゼル・ワシントンには軍人役がよく似合う。彼がメグ・ライアンと共演した『戦火の勇気』は大好きで、DVDも持っている。『戦火の勇気』と同じく、この映画も湾岸戦争絡みのミステリーで、デンゼル・ワシントンは「戦場で何があったのか」を究明していくという役どころを演じていた。同じようなシチュエーションでも、その謎の行きどころは全く違う。私は『戦火の勇気』が大好きなだけに、この作品には納得することが出来なかった。

以下、少しネタばれ。

納得出来なかった理由としては、「湾岸戦争」という実際に自分がリアルタイムで知っている戦争を題材にしているため、解明した"謎"の部分にSF的要素が加わってくることが、どうしても解せないのだ。こういう謎には、必ずと言っていいほど陰謀の核となる組織(あるいは人物)が存在するのだが、未来の話ならともかく、「湾岸戦争」にはSFチックなものは要らない。洗脳するシーンはもっと原始的な方法を用いなければ、どうしても現実味が沸かないのだ。

もうひとつ。彼らがどうして軍隊を3日(だったかな?)も拘束することが出来たのだろうか、という疑問がある。実際に銃撃戦が行われている戦地から、一部隊を連れ出すことは容易なことではない。そういうことなら、アメリカ軍も絡んだもっと巨大な陰謀に発展するのではないだろうかと考えられるが、それは一言も語られていない。果たしてSFチックな研究をしている巨大企業が、訓練を積んで前線で戦っている兵士たちを一気に気絶させて、研究所まで連れてくることが出来るのだろうか。だいたい、研究所があったあの島は、どこの国の領土なのか。研究は元々何のために行われていたのか。陰謀の首謀者が、巨費を投じて「それだけのため」に行ったことなのか。色んなことが謎だらけで、それらは全て、謎に包まれたままで終わってしまった。

"Crisis of America(アメリカの危機)"というタイトルも、観終わったあとに考えれば、微妙にズレているとも思えるのだけれど、どうなんだろう。オリジナルの『影なき狙撃者』は名作らしい。こっちの方が観てみたい。


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2005年04月07日

消防士へのリスペクトに徹する作品◆『炎のメモリアル』3

4月7日(木)試写会(TOHOシネマズ木曽川)にて

今日は嬉しい劇場試写会だ。ここでの試写会は10月に観た『SAW(ソウ)』以来だと思う。今日の映画は『炎のメモリアル』。ここでの試写会は、試写状を事前にカウンターで座席指定チケットと引き替える仕組みになっていて、席に余裕があれば、普通に映画を観る時と同様に好きな座席を選ぶことが出来る。

先日からTOHOシネマズ岐阜でのカウンター対応の不快さを何度か書いているが、今日も少しだけこのネタに触れてみたいと思う。

TOHOシネマズには決まったカウンター対応マニュアルが無いのか、岐阜では「お席は真ん中辺りでお取りしてよろしいですか?」と聞き、木曽川では「お席は、前、真ん中、後ろでお選び頂けます」と言われる。どちらの対応が客にとって気持ちいいものであるかは、歴然としている。

今日の木曽川のカウンターに居たバイトの女のコは、この前の岐阜と同様「研修中」の名札を付けていた。今日の試写状は2名まで有効だったが、私は1人で来たため、試写状を差し出して「1名で」と言った。彼女が木曽川のマニュアル通りに「お席は、前、真ん中、後ろでお選び頂けます」と言ったので、私は「後方で、出来るだけ中央」という席を指定した。彼女が「隣にお客様がいらっしゃいますが、よろしいですか?」と尋ねてきたので、私は「結構です」と答えた。普段の空いた劇場なら、隣に人がいる場所は避けるが、今日は試写会なので満席もあり得ると思ったのだ。すると、次に彼女はこう言った。

「お席まで通路が少々通り難いと思われますが、よろしいですか?」

研修中のコが、自分の判断で言ったセリフだとは思えない。きっとTOHOシネマズ木曽川のマニュアルには、人の前を通って座席に着かなければいけない人には、そう尋ねるように書かれているのだ。私は「構いません」と言って、チケットを発券してもらった。チケットカウンターに1人で立っていた、研修中の女のコの対応は完璧で気持ちのいいものだった。この対応の良さに慣れてしまっているから、TOHOシネマズ岐阜での対応に不快なものを感じるのだろう。


ベテラン消防士・ジャック(ホアキン・フェニックス)は、火災現場で放水前に炎の中に飛び込み、取り残された人を救助するというラダー隊に所属している。その日も火災現場に向かい、燃え盛るビルの12階に取り残された男性を救助することに全力を尽くしていた。非常に危険な状態の中、ジャックは無事に男性をロープで救助するが、その直後、爆発と共に崩れた床から、数階下のフロアへと転落し、自力で脱出出来なくなってしまった。仲間の救助を待つ間、ジャックの脳裏には、消防士になってから今までの出来事が甦る。


「9.11 同時多発テロの現場で、英雄的な活躍を繰り広げた消防士たちに心からのリスペクトを捧げたい」
この作品は、そういうコンセプトの元で作られた映画なのだそうだ。予告編でも9.11のことを大きくクレジットしているので、同時多発テロで命を落とした消防士の話かと思っていたが、そうではなかった。

消防士モノの映画と言えば、私はすぐに『バックドラフト』が思い浮かぶ。しかし、この作品には『バックドラフト』のような小細工は一切なく、とても率直に「消防士という職業とは、いかなるものか」ということを説明することに徹している。「消防士なんだから、火を消すのぱ当たり前」と思っているような一般人に、「彼らは一歩間違えば大怪我をしたり、命を落としてしまうような危険な現場で働いている」ということを、とことん教えてくれるような作品だった。

主人公ジャックは普通の男。彼がなぜ消防士になったのかは、ストーリーには関係ないことなので語られていない。新人消防士として消防署にやって来たところから始まり、最初の任務を拙くこなしたあと、消防士という仕事に何とも言えない充実感を感じる。やがて彼は恋をし、結婚して子供が生まれる。危険な仕事を巡って妻と意見が対立したり、同僚を失ったり、悩んだりする。そんな中で、彼がベテランの消防士へと成長していく姿が回想シーンとして描かれているのだ。

9.11の同時多発テロで亡くなった消防士たちをリスペクトして作られた作品とはいえ、「この作品を××に捧ぐ」というような、ウザったいメッセージは出て来ない。もしかしたら、エンドクレジットの中にあったかもしれないが、私は気付かなかった。例えあったとしても、見過ごしてしまうくらいのさりげなさだったのだろう。派手に「この作品を9.11の同時多発テロで亡くなった消防士たちに捧ぐ」と表記しなくても、映画を観た全米の人たちは、きっとそれを理解しただろうし、同時多発テロ以外で殉職した、世界中の数多くの消防士をもリスペクトしていることになる。

ジャックを演じるホアキン・フェニックスが冒頭で男性を救助するシーンには、凄い緊迫感があり、「Trust me!( 俺を信じろ!)」というセリフに飲み込まれそうになった。彼は、最近気になる役者のひとりだが、本当にいい演技をすると思う。また、ジャックの上司役のジョン・トラボルタも、最近多く見られるシビアな役柄とは一転し、ユーモアと優しさの中に厳しさを持つ、いわゆる"理想の上司"を好演している。

監督のジェイ・ラッセルはドキュメンタリーの世界で活躍したことがあるらしく、脚本のルイス・コリックも、自分の手でロケットを作ることを夢見る高校生たちの実話、『遠い空の向こうへ』の脚本を執筆した人である。『遠い空の向こうへ』がドキュメンタリータッチで描かれていたのと同様に、この『炎のメモリアル』もまるでドキュメンタリー映画のように、1人の消防士の姿を追いかけていく。娯楽映画としての面白みには欠けるが、消防士という仕事がどういうものなのかはとても良く解った。この作品を観れば、大抵の人は消防士に感謝の気持ちを持つことになるだろう。
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2005年04月04日

人間の生命力を知る、半ドキュメンタリー◆『運命を分けたザイル』3

4月4日(月)TOHOシネマズ岐阜にて

今日も昨日に引き続き、TOHOシネマズ岐阜に『運命を分けたザイル』を観に来た。やっぱり今日も「一名様ですか?」と聞かれるんだろうなー、と思いながら、「運命を分けたザイル」と言って、1000円札1枚とシネマイレージカードを出した。するとそのバイトは、私が予想をはるかに上回る、すごい質問を投げかけてきた。

「何名様ですか?」

…最悪だ。
あまりにもカチンときたので、「1000円で何名まで入れますか?」と嫌みのひとつでも言ってやりたかったが、そのバイトが「研修中」の名札を付けていたので勘弁してあげた。"そんなこと聞くなモード"全開で「1名です」と答えたので、それがそのバイトに、ちゃんした形で伝わっているといいのだけど。


1985年、6600mのアンデス山脈シウラ・グランデ峰に、前人未踏の挑戦しようとしている2人の英国人青年が居た。彼らの名前は、ジョーとサイモン。山を登り始めて3日目、2人は幾多の困難を乗り越え、ついに世界で初めての登頂に成功した。しかし下山の途中で足場が崩れたジョーは、数十メートル滑落し、足を骨折してしまう。
体感温度マイナス60℃の雪山での骨折。それは、"死"を意味する。絶望的な状況の中、それでも何とか2人揃って生還したいと思ったサイモンは、互いの身体をザイルで結んで雪山からの脱出を試みるのだが、途中でバランスを崩したジョーの身体は、垂直に切り立った氷壁で宙吊りになってしまった。自力でザイルを登る力を失っていたジョーに、サイモンはなす術もなく、ジョーを支えるサイモンもまた、力の限界を超えていた。
「このままでは2人とも死んでしまう」
そう考えたサイモンは、ジョーと自分を結んだザイルをナイフで切断する。その瞬間、宙吊りになっていたジョーの身体は急降下し、はるか下方のクレバスの中へと落ちて行った。


監督、カメラマンなどのスタッフはドキュメンタリーをメインに活動している人たちで、この作品は様々な映画賞のドキュメンタリー部門で受賞をしている。しかし、これは『死のクレバス アンデス氷壁の遭難』というノンフィクション小説の映画化で、いわゆる"普通の"ドキュメンタリー映画ではない。『死のクレバス アンデス氷壁の遭難』の筆者は、ジョー・シンプソン。つまり、雪山で骨折した上、クレバスの中へ転落した筆者が、奇跡の脱出を遂げる過程を描いた作品で、ジョーとサイモン、それぞれ本人の証言を挟みながら、役者が演じる再現VTRを流すという、「インタビュー+ドラマ」の半ドキュメンタリーのような構成になっている。まるで、テレビ番組の『奇跡体験!アンビリバボー』のような…と言った方が分かりやすいかもしれない。

雪山での登山、そして下山というシチュエーションなので、ドラマの部分にはほとんどセリフがない。それを、実際にそれを体験した本人たちが、画をバックにしてその時の心境を語っているので、映像のマジックと真実の証言が見事に融合し、これ以上ないようなリアリティが生まれてくる。この作品は、トム・クルーズ主演でハリウッドで映画化されるという話もあったそうだが、もしも本当にそうなっていたら、ここまでリアリティのあるドラマは誕生しなかっただろう。

「生還不可能な場所からの奇跡の脱出」と言えば、先日『フライト・オブ・フェニックス』を観たばかりだ。その感想で、私はこう書いた。

この映画のテーマは、局限下に置かれた人間たちが、何もしないままに"助け"か"死"を待つのが嫌で、僅かでも脱出出来る可能性を見付けることで、生きる希望を繋いで行く…というところにあるのだと思う。
しかし、発想があまりにもハリウッド的過ぎて、そのテーマはぼやけてしまっている。


超フィクション映画である『フライト・オブ・フェニックス』で、私が一番不満に感じられた部分を『運命を分けたザイル』では克明に描いていた。人間とは何てたくましい生き物なんだろうと、感心せざるを得なかった。

"自分が生きるために"ザイルを切断したサイモンには、色々な方面から非難が相次いだという。ジョーは「サイモンにザイルを切断されたからこそ、生き延びられた」ということを多くの人に知ってもらうために『死のクレバス アンデス氷壁の遭難』を書いた。『運命を分けたザイル』という日本での映画タイトルには賛否両論あるようだが、「切られたからこそ生きられた。切られなかったら死んでいた」という
ジョーの視点での意味合いで付けられたもので、私はいいタイトルだと思う。
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2005年04月03日

普遍的な少女の憧れ◆『オオカミの誘惑』2

4月3日(日)TOHOシネマズ岐阜にて

『オオカミの誘惑』を観に、TOHOシネマズ岐阜に来た。ここはTOHOシネマズ木曽川から車で10分くらいの距離のところにあるのだが、TOHOシネマズ木曽川とは違うミニシアター系の作品をかけてくれるのが嬉しい。しかし、ここのチケットカウンターではいつも不快な思いをする。この前、ここの劇場で『いぬのえいが』を観た時に、1000円しか払っていないのに「1名様ですか?」と聞かれたことに対し、「その確認って必要なのだろうか?」と書いた。同じTOHOシネマズでも、いつも利用しているTOHOシネマズ木曽川では、例え1万円札を出した時でも、一度もそんなことを聞かれたことはない。聞かなくても「この人は1人分のチケットを求めている」ということを瞬時に判断出来ているのだ。やっぱりバイトの教育の仕方が違うのか、それとも単純にバイトの出来が違うのだろうか。

今日は溜まったポイントで鑑賞することにしていたので、まさか聞かれないだろうと思っていた。「『オオカミの誘惑』、ポイントでお願いします」と、チケットカウンターで私が言うと、「一名様ですか?」と聞かれた。それでも、まだ聞くか…。


女子高生ハンギョンは、偶然に知り合った隣の高校のテソンに一目惚れされ、付きまとわられる。そんなテソンを快く思わなかったのは、ハンギョンと同じ高校に通うヘウォン。彼もまた、ハンギョンに心を惹かれていのだった。強引な2人の男の子からのアタックに、ハンギョンは戸惑う。


簡単に言えば、イケてないひとりの女の子が、モテまくっている2人の男の子に同時に好きになられ、2人の間で揺れ動く…という話。そこに第三者の横槍が入ったり、家族の問題があったり、難病が絡んだり…と、色んなことがてんこ盛りの映画だった。最近の映画ではこういうのは珍しいが、テレビドラマではさんざんやっているようなネタだ。

原作は18歳の女の子が書いた、インターネット小説だという。その女の子がテレビでインタビューを受けているのを見たが、「インターネット小説の利点は、ファンの声によってどんどんと内容を変えていくことが出来ることだ」と言っていた。ファンのコたちは皆、「2人のイケメンに好かれる女性」に自分を置き換え、作者に「ああして欲しい」「こうして欲しい」とリクエストをする。作者はその声を元にして小説を書き進めていく。結果、「女の子の憧れの集大成」のような恋愛ドラマが生まれた。少女マンガみたいな話」と聞いていたが、まさしくその通りだった。

以前、『ブリジット・ジョーンズの日記』の感想で、「このストーリーは全てブリジット・ジョーンズの視点で語られているので、マーク・ダーシーが彼女のことを好きな理由は、映画の中で説明される必要はない」と書いたが、この『オオカミの誘惑』も全く同じ。「女の子の憧れの集大成」であり、全て主人公の女性の視点で語られているので、女の子を本気で好きになったことがないモテモテのイケメン2人が、どうしてイケてない彼女に夢中になるのかは、謎に包まれている。

これはものすごく個人的な趣味の問題なのだけれど、私は1人の女の子が2人の男の子の間で揺れ動く作品(あるいは、1人の男の子が2人の女の子の間で揺れ動く作品)を観ていると、無性にイライラしてくる。「どうでもいいから、早く決めろ!」と思ってしまうのだ。たぶん、「2人とも傷つけたくはない」と、カッコいいことを言いながら、結局は「1人を選ぶことで、もう1人を失いたくない」という考えていることが許せないのだと思う。曖昧な態度をとることで、結局相手を2人とも傷つけてしまっている主人公をどうしても好きになれない。主人公に魅力を感じないから、映画自体も面白くない。だから『冬のソナタ』を観た時、ちょうど中盤からつまらなく感じられてしまったのと同じように、この『オオカミの誘惑』も、60分を過ぎた頃から、もうどうでもよくなってしまった。

恋愛のない人生は面白みがないと思うが、恋愛だけが人生の全てではない。まるで一日の全てを恋愛に支配されているかのように、恋愛ネタだけで2時間を語り、人間的な成長が感じられないような映画は苦手だ。
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2005年04月01日

「あり得ない」映画を楽しめるか否か◆『フライト・オブ・フェニックス』2

4月1日(金)試写会にて

友人に誘ってもらい、『フライト・オブ・フェニックス』の試写会に来た。試写会に来ると大抵、映画を上映する前に主催をしているテレビ局やラジオ局のアナウンサーが出てきて、挨拶とこれから上映する映画の紹介が行われる。私はいつも思うのだけれど、今からその映画を観ようとしている観客の前で、なぜ「簡単に映画の紹介をさせて頂きます」と言って、映画のストーリーを話す必要があるのだろう。撮影の裏話程度の映画の紹介をするのは構わないが、ストーリーまで聞きたくない。

以前、あるアナウンサーが、試写会が始まる前の映画の紹介でネタをバラしたことがあった。私はその映画を楽しみにしていただけに、その出来事が許せなかった。こんなことなら試写会ではなく、お金を払って劇場で観るべきだったと悔やんだ。あのアナウンサーが読んだ原稿は、一体誰が書いたのだろう。前もって業務試写で作品を観た、そのアナウンサー自身が書いたものなのか。それとも、配給会社が「これを読んで下さい」と渡したものなのか。アナウンサー自身が書いたものなら、配給会社がちゃんとチェックすべきだし、配給会社が渡したものならば、もっとマトモな人間を宣伝担当に配属すべきだと思った。

今日のアナウンサーも、上映前にストーリーを80%くらいのところまで語ってくれた。
いい加減にして欲しい。


中国とモンゴルにまたがる砂漠の上空を、フランク(デニス・クエイド)は飛行機を操縦し、ある石油採掘所へと向かっていた。そこが閉鎖になったため、従業員と廃材を北京まで運ぶ依頼を受けたのだ。フランクは従業員たちを乗せて北京へと出発するが、途中で巨大な砂嵐に遭遇し、飛行機は砂漠のど真ん中に不時着してしまう。どこまで見渡しても砂漠しか見えず、無線機も壊れてしまった。待っていても助けは来ないと察したフランクたちは、ある方法を使って砂漠の中から脱出することを試みる。


例えば私がこの映画の宣伝担当なら、これくらいのところまでしかストーリーは語らないだろう。でも、公式サイトを見ると「どんな方法で」ということは書いてあるし、予告編でもそれは流されている。観る側の立場からすれば、"それ"は謎にしておくべきだと思うのだけれど、どうなんだろう。映画自体がリメイクだというので、今更、謎にしておくべきことなのではないのだろうか。

私は既にアナウンサーに80%くらいのところまでストーリーを教えてもらっていたので、次に起こる出来事は全て予測出来てしまい、面白くも何ともなかったし、唯一、そのアナウンサーが語らなかった「果たして彼らは脱出出来るのだろうか」という部分も、全て「想定の範囲内」だった。ハリウッド映画というのは、大抵オチは決まっているので、その過程をいかに楽しませてくれるかというところに全てが掛かっている。私は喋り過ぎのアナウンサーのせいで「その過程」が楽しめなかったのだから、これでは仕方ない。

では、もし私が一切の情報を入れずにこの映画を観ていたら、どう思っただろうか。砂漠からの脱出の方法を見てこう思っただろう。「あり得ない」…ということは、アナウンサーのせいにしなくても、やっぱりこの映画は私にはダメだったということかもしれない。

この映画のテーマは、局限下に置かれた人間たちが、何もしないままに"助け"か"死"を待つのが嫌で、僅かでも脱出出来る可能性を見付けることで、生きる希望を繋いで行く…というところにあるのだと思う。しかし、発想があまりにもハリウッド的過ぎて、そのテーマはぼやけてしまっている。

デニス・クエイドは前作も『デイ・アフター・トゥモロー』というパニック映画に出演していた。私はこの映画も、氷河期状態の中、ワシントンD.C.からニューヨークまでを歩くなんて「あり得ない」という目でしか観ることが出来なかった。『デイ・アフター・トゥモロー』のような映画をすんなりと受け入れられる人には、もしかしたら『フライト・オブ・フェニックス』も面白いと思えるのかもしれない。
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新作映画満足度

【満足度の基準】
注:映画の良し悪しではなく、
桂木ユミの満足度です。

★★★★★「すごくいい」
★★★★「いい」
★★★「まあまあ」
★★「金返せ」
★「時間を返せ」

【2006年8月】
ラフ ROUGH★★★
ゆれる(2回目)★★★★★
美しい人★★★
僕の、世界の中心は、君だ。★★★
花田少年史★★★
佐賀のがばいばあちゃん★★★
ゆれる★★★★★
トランスアメリカ★★★★
ユナイテッド93★★★★
パイレーツ・オブ・カリビアン2★★
幸せのポートレート★★
時をかける少女★★★★★
ゲド戦記★★

【2006年7月】
ラブ☆コン★★
ハチミツとクローバー★★
日本沈没★★★
スーパーマン・リターンズ★★★
タイヨウのうた(2回目)★★★★
ブレイブ・ストーリー★★
やわらかい生活★★★
ステイ★★
カーズ(字幕版)★★★

【2006年6月】
着信アリ Final★★
ホワイト・プラネット★★
M:I:3★★★
DEATH NOTE(前編)★★★★
LIMIT OF LOVE 海猿★★★★
バルトの楽園★★★
インサイド・マン★★
オーメン★★★
トリック劇場版2★★★
初恋★★★
花よりもなほ★★★
ダ・ヴィンチ・コード★★
間宮兄弟★★★★
ポセイドン★★★
トランスポーター2★★★
デイジー★★★
GOAL!★★★★

【2006年5月】
タイヨウのうた★★★★
夢駆ける馬ドリーマー★★★
嫌われ松子の一生★★★★
かもめ食堂★★★★
ナイロビの蜂★★★★★
ピンクパンサー★★★★
Vフォー・ヴェンデッタ★★★★
チェケラッチョ!!★★★
グッドナイト&グッドラック★
ぼくを葬(おく)る★★★

【2006年4月】
陽気なギャングが地球を回す★★
明日の記憶★★★
ニュー・ワールド★★
ホテル・ルワンダ★★★★
ブロークバック・マウンテン★★★
ファイヤーウォール★★★

【2006年3月】
白バラの祈り★★★★
南極物語★★★
ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!★★★★
子ぎつねヘレン★★★
シリアナ
クラッシュ(2回目)★★★★★
イノセント・ボイス-12歳の戦場-
★★★★
ウォーク・ザ・ライン/君につづく道★★★

【2006年2月】
クラッシュ★★★★★
スパングリッシュ★★★★
カミュなんて知らない★★★★
ブラックキス★★
ミュンヘン★★
ジャーヘッド★★★★
ピーナッツ★★★★
天使★★★★
男たちの大和/YAMATO
★★★★
レジェンド・オブ・ゾロ★★★

【2006年1月】
オリバー・ツイスト★★★★
アメノナカノ青空★★★
博士の愛した数式★★★★
ロード・オブ・ウォー★★★
歓びを歌にのせて★★★
スタンドアップ★★★★★
プライドと偏見★★
キング・コング★★
THE 有頂天ホテル★★★★
SAYURI★★★
ディック&ジェーン 復讐は最高!★★★
チキン・リトル★★★


これ以前のものはこちら
(旧作もこの中にあります)
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